voyage 【Rosaceae】
 
******注意******
このお話は、以下の設定のもとに物語が構成されています。
ご一読の上、納得できる方だけ、本文へお進みください。
 
 
李姫前提のお話になりますが、秀麗は出てきません。
 
登場するのは、絳攸・楸瑛・静蘭・劉輝・邵可・リオウ+オリジナルキャラクター。
男性陣の会話を中心に進んでいきます。
 
ある雷の夜に起きた奇跡。
 
 
オリジナルキャラクター 
優楓(ゆうか):女の子
泉俊(せんしゅん):男の子
姉弟
 
 
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以上をご理解いただける方は、画面スクロールで本文にお進みください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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飽きるほどに
 
 
voyage
 
 
 
仙洞令君リオウは困惑していた。
これほど自分に困惑という言葉が似合うようになるとは、思ったことがなかった。
しかし、確かに、リオウは困惑していた。
 
事は昨日夜半に遡る。
 
久しぶりの晴れの夜であった。
だからリオウは、仙洞省に残っていた。
星読みのためである。
 
だがしかし、夜半になって旻は、機嫌を損ねたように、様子を一変させた。
突然空を覆った黒雲。
呼応するように仙洞省内の神器が一斉にびりびりと震え始めた。
刹那、闇を稲光が切り裂いた。
 
轟音ののち、起こった出来事こそが、今現在リオウを困惑させているのである。
沈黙を破ったのは、羽羽だった。
「どうやら、迷い込まれたようでございまする。
しかし、時が満ちれば、いずれお帰りになる、そのようにお見受けいたしまする。
あまり遠くへ行かぬようにさえして差し上げれば、害はございませんでしょう。
さて、おむかえにまいりまするかのう。」
よたよたと動き始めた羽羽に、
「…じいさんはここで待ってろ」
と言葉を残して、リオウは仕方なく、そこに向かって走り始めた。
 
劉輝は室で、書簡を読んでいた。
今晩中に読んでおかねば、明日、絳攸に何を言われるかわかったものではない。
(何の迷いもなく、ぶつからなぁ。余は王様なのにな。)
劉輝はちょっと悲しくなった。
だが、絳攸が劉輝に発する言葉は、すべて国を思い、劉輝を思ってのことと知っている。
(余はもっといい王にならねばな。)
 
劉輝は気を取り直し、もう一度書簡に目を通り始めた。
それにしても、今夜は何やら騒がしい。
振り返って見上げた窓の外には、稲妻、次いで轟音が轟いた。
(春雷か。)
そして劉輝が再び向き直ると、机のむこうに、さっきまでいなかったはずの者がいた。
 
そこに現れたのは、二人のこどもだった。
五つか六つほどの姉弟。
姉のほうは、まっすぐな黒い髪。
弟のほうは少し癖のある、銀色の髪。
「そなたら、どこから来たのだ?もしかして、ユーレイというヤツか?」
「…幽霊、ではないですが、そのようなものと思っていただいてかまいません。あなたが、王さまですね。」
劉輝の問いに、姉のほうが答える。
 
「よく知っているな。
ところでユーレイでもないものが、後宮になんの用だ?
そなたらは姉弟か?今日泊まるところはあるのか?」
 
劉輝はなんだかわくわくしてきた。
とりあえず二人を座らせ、温かいお茶を入れてやる。
 
お茶を受け取りながら、弟のほうが答える。
「ちょっと探している人がいるのです。
でも僕たちちょっと迷ってしまっていて。
あの、ふこにはどうやって行ったらいいですか?」
「弟と私は、今日はそこに泊まります。」
姉のほうが継ぎ足す。
「府庫のことか?しかしどうして。探している人というのはそこにいるのか?」
 
そんな話をしているときに、リオウが飛び込んできた。
「やっぱりここか。というか、間に合わなかったのか。」
「リオウか、こんな時間にどうしたのだ。」
「逆に、聞きたいのだが、なぜ、そう自然に、一緒にお茶をすすっていられるんだ?
もうちょっと危機感もてよ。」
「一応、幽霊かどうかは確認したぞ。それにこの子らに害意はないぞ。だから大丈夫だ。」
 
ここにいたってリオウは大きくため息をつくしかなかった。
(子ども同士、気があったのか)と思ったモノの、口に出すほど愚かではない。
「それで、コイツらどうするんだ?」
こうなってはリオウが話を進めるしかない。
リオウの使命はただ一つ。
なるべく問題を起こさせずに、この二人を、送り返すこと。
 
「それがな、リオウ。
どうやらこの二人は、人を探しをしているらしいのだ。
手がかりは、府庫らしいぞ。
今ならまだ邵可が残っているはずだ。
ここであったのも何かの縁と思って、散歩がてら、二人を連れて行ってやろうと思ってな。」
「単に自分が息抜きしたいだけだろ。」
「うっ。なんでリオウは余のことが何でもわかるのだ?」
「単に、アンタがダダモレなだけだろ。」
「リオウは余のことをよく見てくれているのだな。」
にこにこと嬉しそうに言われてしまうと、リオウもこれ以上何もいう気になれない。
 
「…とにかく、府庫につれていくんだな。」
「そうなのだ。ところで、そなたら、名はなんという?」
「ボクは泉俊(せんしゅん)です。ねえさまは、優楓(ゆうか)です。」
「ちょっと泉俊、何勝手にしゃべってるのよ。
知らない人に名前を教えちゃいけないって、いつも母さまに言われているのに。」
少女は、少年がすぐに答えたのが気に入らなかったようだ。
「でもねえさま。
人にお願いするときは、きちんと礼儀を正しなさいとも、言われています。
それに、王さまなら大丈夫なのです。父さまを探すのに、一番の近道です。」
「…ちゃんと考えてるなら、いいのよ。」
 
「うーむ。そなたらは本当に仲の良い姉弟なのだな。
余にも優しい兄上がいたのだが、いつもそばにいられるとは、うらやましいな。
父御を探しているなら、急がねばならんな。
さ、迷わないように三人で手をつないでいくのだ。
リオウ、この子たちはひとまず余が預かるゆえ、心配するな。」
そう言い残すと、劉輝は右手を泉俊と左手を優楓とつないで、ほてほてと行ってしまった。
ひとり残されたリオウは、ひどく困惑した後、後を追ったのであった。
 
 
 
 
 
府庫につくと、なぜか邵可だけでなく、楸瑛・絳攸・静蘭もいた。
しかも、肉まんを食べている。
「むむっ。余のいない間にお茶会か。ずるいぞ。」
劉輝はぷんぷんする。あれは秀麗の肉まんだ。劉輝も好物なのに。
 
「オマエは、書類読みで忙しかっただろ。こんなところで遊んでいるひまあるのか。」
絳攸の冷たい視線に劉輝は一瞬うっとなる、条件反射というやつだ。しかし。
 
「大丈夫だ。もうほとんど終わったからな。
明日の朝まとめるだけだ。
それに、余は遊んでいるわけではないのだぞ。
ちゃんと人助けのために来たのだ。みろ、この子たちを!」
劉輝は胸の前で腕を組み、えへんと胸を張った。
…うで?確か、泉俊と優楓とつないでいたはずだが・・・・・。
 
すると、楸瑛と静蘭から同時に同じ言葉が飛んできた。
「「主上、もしかして、この子のことですか?」」
なんと泉俊が楸瑛に、優楓が静蘭にそれぞれしっかりと抱きついている。
 
しばしの沈黙ののち、絳攸の冷たい視線が、楸瑛に突き刺さる。
「おい常春。まさかとは思っていたが、本当に子供がいたのか。」
「おいおい。私がそんな失敗をするように思われているのかい。
心外だな。なんなら失敗しない方法を伝授してさしあげようか?」
「…いいいいいい、いらんわぁっっ。。そんな話をしてるんじゃないだろーが。」
「そう?また知りたいときはいつでも言うといいよ。
ところで、静蘭は、その姫君に心当たりは、あるのかい?」
 
楸瑛に問われて、静蘭は、自分に張り付いている優楓をまじまじとみた。
そして、邵可をみると、邵可は小さく頷き返してきた。
「…。心当たりというか。
お嬢様の小さい時にそっくりのような気がするのですが。リオウくん、もしかして?」
「たぶん、アンタが思っている通りだよ。
というわけで、邵可さま、明日の朝まで、この二人を、預けてもかまわないですか?」
「大丈夫ですよ。どうぞ仙洞省のお仕事へ、お戻りください。」
邵可の言葉に安堵の表情を見せ、リオウは去って行った。
 
「さてさて。かわいい姫君。
どちらからお越しになったのか、教えてはいただけませんか」
優楓の手を取りながら、楸瑛が問う。
しかし、帰ってきた答えは。
「ちょっと。なれなれしく触らないで下さい!
お父様に叱られてしまいますわ。
それに、わたくし、殿方は、いちずなほうがステキだと思いますの。お父様のように。」
六歳の幼女に振られると思っていなかった楸瑛は、唖然とした。
こうなったら頼れるのは、邵可しかいない。
 
「しょ、邵可様。この二人に、お心当たりがあるんですよね。」
「心当たりというか、うーん。小さいお客様。明日にはお帰りになるのかな。」
「「はい。」」
お行儀のよい二つの返事。
「でも、どうしてきたのかは、ちゃんと話してくれるよね。」
「「…はい。」」
今度の返事は、ちょっと元気がない。
 
「どうして、ここに、きたのかな。」
「母さまと、喧嘩をしてしまって。」
泉俊がぽつり、ぽつりと話し始めた。
「喧嘩は良くないね。でも、どうして喧嘩してしまったのかな。」
邵可は目の前の少年から話を引き出すように、ゆっくりと相槌をうつ。
 
「…ボクが、父さまを、悲しませることを言ったから。」
「それはどんな事かな?」
「もっと喧嘩が強い父さまがよかったって。」
「もう、泉俊。もっとはきはきしゃべりなさいよ。
これじゃあ伝わるものも伝わらないわ。
続きは私が話すわよ。いいわね。」
泉俊のペースに我慢ならなくなったのか、優楓が猛然と話し始めた。
 
 
「あのね、泉俊のお友達が自分のお父様に武術を習っていて、
それを泉俊はうらやましいと思ったのよ。
うちのお父様もお母様もとても優しいのだけど、お仕事も忙しいし、
何より、お二人とも武術はあまり得意ではないのですって。
その代りに、二人とも、何でも知っているのよ。
なのにこの馬鹿は、よそのお父様と比べて、
もっと強いお父様がよかったなんて言ったもんだから、
お父様は落ち込んでしまったのよ。
それを聞いて、お母様はものすごく怒ったの。」
 
「怒った?」
劉輝はまるで自分が叱られているように、しゅんとして聞いている。
 
「お父様もお母様も、この国の王様から、民まで、
誰もが喧嘩しないで暮らしていける世の中を作るために、
夜遅くまで、お城で頑張っているのに、
目に見える力だけで判断して、お父様を傷つけるなんてって。
お母様は普段は優しいんだけど、怒るととっても怖いの。」
 
それを聞いていた泉俊がはっとしたように顔をあげる。
「ボク、ボク…。
僕だって、父さまや母さまのお仕事を尊敬しています。
みんなの幸せを守るために働いているんだって、母さまはいつも話してくれているのです。
でも、お二人とも忙しくて。
遊ぶ約束も、急にお仕事になったりして。
だからさみしくて、つい、言ってしまったんです。
父さまと母さまは、僕のことを嫌いになってしまったでしょうか?」
話しながら、泉俊は泣き出してしまった。
 
「うーん。大丈夫だと思うよ。
それよりも、悲しませたお父上にきちんと謝ったほうがいいね。」
楸瑛は泣き出した泉俊の頭をなでながらいった。
「絳攸もなんか言ってあげてよ。」
「そうだな。今話したことを、父御と母御に素直に話せ。
お前たちは子供にしては随分聡いな。
さみしかったら、父御と母御の手伝いができるように、勉学に励むといい。」
 
絳攸の言葉に、泉俊はただ頷き、
優楓は「当然よ。私はカンリになるの!」と胸を張っていた。
 
それを見て、いままで黙って話を聞いていた劉輝が急に立ち上がった。
「では、みんなで、肉まんを食べよう!」
唐突な劉輝の言葉に、一瞬沈黙が訪れる。
 
「…は?なんで?」
「絳攸はわかっていないのだ。
夜は、悲しい気持ちになりやすいのだ。
おなかがすいていると、元気も出ない。
みんなで肉まんを食べれば、きっと泉俊も元気になるぞ!」
 
「主上のおっしゃる通りですね。
では、劉輝さま、肉まんを蒸してきていただけますか?
それから、すみませんが、絳攸殿、お茶を入れていただけるでしょうか?
静蘭も、藍将軍も手が離せないようですので。」
邵可の言葉に、絳攸も立ち上がる。
 
「任せるのだ。余は肉まんを蒸すことにかけては自信があるぞ。」
「なんですかそれは。もっと先に自信を持つべきことがたくさんあるでしょうが。」
そんなことを言いながら、二人は出て行った。
 
その背中を見送った後。
「あの二人は気付いていないんですね。」
楸瑛の言葉に、
「それがあの二人らしいではありませんか。」
静蘭が答える。
 
「それにしても邵可さま。ふつうはもうちょっと驚いたりとかするもんじゃないですか?」
案外鋭い楸瑛の言葉に、邵可も冷や汗をかきながら
「う~ん。そうかな。まあ君たちよりは長く生きているから、まぁいろいろ経験してるし。」
とわかったようなわからないような答えをしたのであった。
 
「それに」と邵可は続ける。
「藍将軍も、静蘭もすぐにわかったじゃないか。」
「女性のことなら、わからないことはありませんよ。」
「お嬢様のことなら、わからないことはありません。」
二人はそれぞれ、絶対の自信のもとに言い切った。
 
「それにしても。」
と邵可は改めて、小さい二人を見る。
「本当は、何をしにいらしたのですか?」
再度問う。
 
「やっぱり、邵おじい様の眼はごまかせないのね。」
優楓はあきらめたように言う。
「王様を見に来たのよ。」
「今上陛下をかい?」
楸瑛は驚いたように聞く。
 
「そうよ。
お父様とお母様が朝から晩まで心をこめてお仕えしている、王さまが、
どんな方か見てみたかったのよ。
お父様もお母様も、そりゃ、私たちには優しいけれど、
お仕事のお話をしているときは本当にうれしそうで、かっこいいのよ。
私たちがお父様・お母様と過ごす時間を譲ってあげるのに足る相手かどうか、見てみたいじゃない。」
 
「それで、どうでしたか。」
静蘭は腕の中の優楓に問う。
「仕方ないけど、認めてあげるしかないわね。
あのひと、お父様とお母様が言っていたとおりの人だもの。
さみしがり屋で、ちょっと不用心だけど、とっても優しい人ね。
きっとうちのお父様やお母様にがみがみ言われるのがすきなんでしょ。」
 
静蘭は六歳にしてこんなに物事を見極めている、
腕の中の少女がちょっと恐ろしくなった。
 
そんな事とは知らずに、優楓は続ける。
「それにしても迷うわ。
わたし、大きくなったら、静蘭と結婚しようと思っていたんだけど、あの王様も素敵ね。
どうしようかな。」
静蘭は複雑な気持ちで、優楓を抱き上げている腕に力を込めた。
 
劉輝と絳攸が戻ってくると、優楓と泉俊は眠っていた。
抱き上げている楸瑛と静蘭が、妙にいとおしそうな表情をしている。
それを見た絳攸が「お前ら、案外父親姿が似合うな。」というと、
劉輝以外の全員から、微妙な目で見られた。
 
「それにしても。」と楸瑛が話し始める。
「彼らの両親はいい親ですね。
茶州の一件のときに痛感しましたが、武官は文官にはかなわないんですよ。
優楓姫はこの年で、それを理解している。
ご両親の常日頃からの教育の賜物でしょう。」
 
「そのような臣がつかえてくれるとは、余は本当に幸せな王だな。」
劉輝はにこにこしていった。
その姿を見て、静蘭と邵可もうれしくなった。
 
翌朝、四人が目が覚めると、優楓と泉俊の姿はなかった。
連れていくという、リオウの書置きがあったので、誰も心配はしなかった。
 
府庫から劉輝の室まで送った帰り、絳攸が楸瑛にいった。
「結局誰の子供だったんだろうな。」
「なかなか可愛かったね。きみも寝顔をうれしそうに見ていたじゃないか。」
「そうだな。」
「きっと、また会えるよ、絳攸。」
「なんだ、えらく自信があるな。」
「そんな気がするんだ。また、会えるよ。」
「?お前がそういうならそうかもな。」
 
楸瑛の笑いの意味がわかるのは、もう少し先の話。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき、という名の言い訳
 
 
説明しますと、優楓と泉俊は未来からやってきた、絳攸&秀麗の子どもです。
 
そもそも”今”の時期はいつなのかとか、みんな何の仕事をしているのかとか、そんなことは一切無視して書いております。
優楓(姉)はママ似、泉俊(弟)はパパ似の外見。
優楓は女の子だし、周りに秀麗・百合・黎深がいれば、相当口のたつ子になるに違いない。
優楓はお姫様扱いしてくれる、静蘭が大好き。もちろん、静蘭も、小さいお嬢様が大好き。
泉俊は遊んでくれる、楸瑛が大好き。
 
気付かないのが、絳攸ですよ。
 
なんて説明しなければ、伝わらないようでは駄目ですね。
精進します。
 
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
 
 
 
 
2010年1月 小鈴
 
 
 
 
2010年4月22日 少しだけ改稿しました。誤字脱字修正と、キャラクターの口調がおかしいところの修正。内容変更はありません。