コノヨノシルシ3

 

コノヨノシルシ
 
第3話
 
 
 

 
 
絳攸は緊張しながら、恋人を待っていた。
 
思いが通じ合ってから1か月。
 
家庭教師で週に3日会っているが、今日は特別だ。
 
なんせ、初めて外でデートなのだ。
 
なぜ、1ヶ月後なのか。
 
それは、二人がそろって恋愛初心者だからというだけではない。
 
最初は秀麗のテスト期間だったので、家庭教師として自重した。
 
それが終って、漸く週末に二人で出かけるかと計画を立て始めたころから、
 
 
なぜか、絳攸は、家の事情で週末になると身動きが取れなくなることが続いた。
 
今日はある人が協力してくれたので、自由に動くことができたのだ。
 
絳攸は恋人の父親であり、自らの師でもあるその人に感謝した。
 
ちなみに二人の交際は、思いが通じたその日に邵可に報告した。
 
邵可はにこにこ笑っていたが、
 
もう一人の家族がから、なにやら黒い靄のようなものが発せられたように見えたのは気のせいだろうか。
 
これまでデートの約束がつぶれるたびに秀麗は、
 
会えないことに不満は言わず、ただ、忙しくしているなら体調を崩さないようにと心配の言葉だけをくれた。
 
彼女なりに気を使ってくれたのだとは分かっている。
 
だけど、絳攸は少しだけ、悲しかった。
 
(俺ばかりが会いたいみたいじゃないか)
 
秀麗にも同じことを思ってほしいと願う自分がいる。
 
今まで恋などしたことはなかったが、気づいた途端にこんなに貪欲になるとは。
 
秀麗のことを考えていない時などないと言っていい。
 
もっと一緒にいたい。
 
 
 
 
「せんせい、お待たせしました。」
 
現れた恋人は、いつもとは少し様子が違う。
 
いつもは、家のことをするために、動きやすい格好を好む彼女だが、
 
今日は、形はシンプルながらも、裾や袖・胸元に装飾の入ったかわいらしいワンピースを着ている。
 
制服のスカートよりもずっと短い丈なので、膝までのブーツと裾の間に、白い腿がのぞいている。
 
驚いて黙ってしまった絳攸の様子を誤解したようで、秀麗が悲しそうに言う。
 
「わかってます。似合ってないですよね。出がけに蛍が突然来て、着せられたんですけど。」
 
蛍とは楸瑛の妹だったか。兄と同様騒々しい恋人の友人を思い出した。
 
どうやら似ているのは、騒々しさだけではないようだ。
 
「似合っていないことはない。ただ、様子が違うから、驚いた。」
 
本当は、思ったまま可愛いと言いたかったが、なんだか恥ずかしくて言えずにいる。
 
それでも、秀麗は安心したように微笑んだ。
 
「先生、急がなくちゃ、映画が始まってしまいます。」
 
そういうと秀麗は自然と絳攸の腕に、自らの手を絡ませてきた。驚いて、見下ろすと、
 
「人が多いから、はぐれないように、こうしてていいですか?」
 
と聞いてくる。
 
(なんだ、はぐれないようにか)絳攸は少しがっかりした。
 
案外自分は、年下の恋人に振り回されるのかもしれない。
 
秀麗の質問に是と答え、映画館に向かうため、エスカレータに乗り込む、
 
最初は絳攸が前に、秀麗が後ろにと並んだのだが、あることに気付いて、途中で秀麗を前に立たせた。
 
チケットとドリンクを買い、席に着く。
 
隣のスクリーンでは人気テレビドラマの映画化番を放映しており、そちらは混雑しているようだったが、
 
二人の選んだ作品は、それほど人が多くない。
 
チケットで指定された席に秀麗を先に座らせると、絳攸は自分の来ていたジャケットを脱いで、秀麗に手渡す。
 
絳攸の意図を計りかねたように困惑気味に受け取った秀麗は、皺がつかないように丁寧に畳み始めた。
 
「秀麗。」
 
「はい、せんせい?」
 
「膝にかけていろ。」
 
「別に寒くないですよ?」
 
邪気のない笑顔でこたえる恋人に、少しだけイライラした。
 
「いいからかけてろ。」
 
「…わかりました。」
 
「……。」
 
気まずい沈黙。秀麗はなぜか悲しげだ。
 
絳攸は一か月前のことを思い出していた。秀麗はあのときもこんな顔をしていた。
 
そう、自分がそうさせたのだった。
 
いつも言葉が足りないせいで、秀麗を悲しませている。
 
伝えなければ、伝わらないのだ。
 
「秀麗。その…。」
 
漸く沈黙を破った絳攸に、秀麗の方がぴくんと跳ねた。
 
不安にさせないように、きちんと伝えなければ。
 
意を決して話し始める。
 
「その、なんだ、…ちょっと短すぎやしないか?」
 
そう言われてもまだ、秀麗はまだ、きょとんとしている。
 
自分の顔が、赤くなっていくのを感じる。なぜこの可愛い恋人は、こんなにも無防備なのだ。
 
「だから、スカートだ。短すぎるだろ。」
 
「…そうですか?」
 
普通だと思いますけど、と裾をなおす秀麗も可愛いが、ここで負けるわけにはいかない。
 
自分の心の平安のためにも。
 
「短すぎる。今日は仕方ないけど、今度からは、もっと長いものを着ること。わかったな。」
 
秀麗はまだ、わけがわからないという顔をしている。
 
絳攸はもう怒るのも通り越して、脱力し始めた。頼む、もう少しだけ自覚を持ってくれ。
 
今自分の顔は真っ赤になっているはずだ。
 
「似合ってて、可愛すぎるんだよ。ほかの男がじろじろ見てた。」
 
そう伝えると、漸く秀麗も、絳攸の意図を察したようで、真っ赤になってうつむいた。
 
その様子すらも、可愛い。可愛すぎる。
 
「…ごめんなさい。」
 
小さく秀麗が謝った。
 
絳攸は小さくため息をつき伝える。
 
「俺も謝っておく。」
 
何を?と顔をあげた秀麗を引き寄せて、耳元に囁く。
 
「俺は、自分で思っていたよりも、ずっと嫉妬深いようだ。これから秀麗は苦労するな。」
 
他人事のように言ってのける絳攸に、秀麗は固まってしまった。そこにさらに追い打ちをかける。
 
「だけど、しかたないだろ?秀麗が可愛いのが悪いんだから。」
 
そう、このくらいは許されるはずだ。これから先、この無自覚で可愛い恋人に振り回される苦労を思えば。
 
だけど、対価として君を独占できるなら、振り回されるのも、案外悪くない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき、という名の言い訳。
 
絳攸さま、どうした?ヘタレの逆襲編?
 
天然秀麗と嫉妬する絳攸さまが書きたかったのです。
 
すべて藍兄妹の思う壺。
 
この二人、このあと映画見ても、絶対内容覚えてないに決まっている。
 
そうやって、ふたりでドキドキしているがいいさ。
 
秀麗が出かける時に、静蘭は、悔しいと思いつつも、こっそり写メ撮っていたりするのです。
 
次はこの二人に何させようかな。何がいいでしょうか?