「昨日、俺を見かけたということか?
昨日は、確かに出かけたが、その女性というのは、百合さん、俺の母親だ。
見かけたのなら声をかけてくれればよかったのに。」
「え、お母様?でも、とてもそんな御年には…。」
秀麗が見かけた女性は、確かに絳攸よりは年上に見えたが、それでも母親というには若すぎる。
そんな秀麗の疑問に答えるように絳攸が話し始めた。
「実は、俺は養子なんだ。
血のつながりはないし、確かに普通の親子より年は近いかもしれない。
だが、小さい時から面倒を見てくれた、俺のただ一人の母親だ。」
始めた聞かされた絳攸の家の事情に、秀麗は驚いた。
そして、急に恥ずかしくなった。
母親相手に勘違いして嫉妬して、絳攸は呆れているに違いない。
自分の顔が羞恥で真っ赤に染まっているのがわかったから、顔をあげることもできない。
「秀麗、そのままでいいから聞いてくれ。」
秀麗の心を知ってか知らずか、絳攸は少しだけ緊張したような声で続ける。
「きちんと話をしていなかったせいで、心配させて悪かった。
だけど、俺が好きなのは、秀麗だけだ。信じてほしい。」
その真摯な言葉に秀麗もうつむいていた顔をあげ、絳攸の瞳を見る。
いつもの優しくて、少し熱のこもった真っすぐな眼差し。不安はすべて融けていくようだった。
そうだ、この眼差しだけを信じていればよかったのに。
そう思ったら、自然と唇からこぼれ落ちる言葉。
「絳攸せんせい、大好きです。疑ってごめんなさい。」
どちらからともなく唇を寄せ合う。
何度も何度も口づけを交わした後に、ふと絳攸が思い出したように言った。
「そうだ、今日は秀麗に受け取ってほしいものがあるんだ。」
そう言って絳攸が取り出したのは、掌に収まるほどの小箱。
受け取った秀麗は、あけて見てくれと言われ、その通りにする。
中から出てきたのは。
「これを、私に?」
小箱の中の指輪を見て、秀麗はまた赤くなる。
絳攸も赤くなりながら、応える。
「あぁ。もし秀麗が受け取ってくれるなら、そうしてほしい。」
その言葉に秀麗は、無言で頷き、恐る恐る指にはめてみる。
薬指にぴったりとおさまった指輪に思わず笑みが漏れる。
「もしかして、昨日は、これを買いに?」
「そうなんだ、百合さんに見立ててもらった。」
それをとんでもない誤解をされてしまったけどなと絳攸は笑う。
ふと秀麗の中に別の疑問が湧いて出る。
「絳攸せんせい、お母様に私のことを話していただいたということですか?」
「話したというか、すぐにばれた。母親は侮れないな。」
根掘り葉掘り喜々として聞いてくることは秘密にしておこう。
「でも、私、まだご挨拶に行っていません。どうしましょう?」
急に不安がる秀麗に、絳攸は笑う。
「そのことなんだが、実は百合さんも秀麗に会いたいと言っていてな。今度一緒に食事でもどうかな?」
「はい。喜んで。でも…緊張しますね。」
「優しい人だから、そんな心配はないよ。
それより秀麗。その指輪を受け取ってくれるかちゃんと答えてもらってないんだけど。」
本当は秀麗の笑顔を見れば返事など分かっているのだが、それでもきちんと言ってほしい。
秀麗のことになると自分はどんどん我儘になっていく。
「嬉しいです。せんせい、ありがとう。」
満面の笑みに思わず抱きしめる。そうして耳元で告げる。
「そんな顔するから。」
腕の中の秀麗は不思議そうになんですか?と聞いてくる。
「そんな可愛い顔をするから、俺のものってしるしをつけておきたくなったんだ。」
今度は、秀麗は黙ってしまった真っ赤な顔で照れているに違いない。
そんな顔も全部全部可愛いのだ、と絳攸は思った。
秀麗の家からの帰り道。
絳攸は静蘭に会った。正確には待ち伏せをされていた。
いつも以上に厳しい目で、ほとんど睨まれていると言っていい。
「次はありません。」
ただそれだけ告げられた言葉。それだけで分かった。
この男も、秀麗を愛していると。
「渡さない。」
それだけ返すと、家路につく。
他の男が何を言おうが関係ない。自分のすることは一つだけだ。
秀麗に選ばれ続けること。
そう心に誓った絳攸だった。
あとがき、という名の言い訳
前回が絳攸さまが嫉妬する話だったので今回は秀麗ちゃんに嫉妬してもらおうと思ったのですが、
書いてみたら、絳攸さまも十分嫉妬していました。
それだけ秀麗は愛されているんです。
というか騙したのね、私は本気だったのに!という流れが書きたかっただけ。
百合姫のビジュアルを書こうと思って、あれ?髪の色何色だろと思い
手元の資料をがさがさやったのですが、カラー絵は見つからず。
妄想のままに書きました。
