無防備なきみに恋をする5題
1.誰にでもスキだらけ
2.眠るきみに秘密の愛を
3.無意識のゼロセンチ
4.きみの心に触れさせて
5.狼まであと何秒?
手を伸ばせば届くことに僕はなぜか、戸惑っていた
ほかにもお借りしたい素敵なお題がたくさんで素敵です。
5つのお題を一つのストーリーの中に盛り込むという形でチャレンジさせていただきました。
御史の秀麗と吏部侍郎の絳攸のイメージで描いています。
無防備なきみに恋をする5題
1. 誰にでもスキだらけ
府庫の仮眠室でひと眠りしようとやってきた絳攸は、思わぬ先客に息を飲んだ。
御史台でしごかれて、朝方に倒れるように眠りに落ちたのだろう。
掛布もかけずにただ横になっただけで、すやすやと寝息を立てている。
確かに府庫の主は彼女の父親だ。この仮眠室を使うのも、彼と親しい人物だけ。
それでも、男ばかりのこの外朝で、このように安らかな寝顔をさらすとは。
嘆息しそばに腰かける。
ふと彼女が身じろぎしたのが見えた。起こしてしまったのだろうか?
絳攸の心配をよそに、秀麗はよく眠っているようで寝返りを打った。
「…ん、五月蠅いわよ清雅…。」
夢の中でも職場にいるのだろう。きっと同僚と競い合っているに違いない。
彼女のことだ。どこにいても同じように笑ったり怒鳴ったり、くるくると表情をかえながら賑やかにやっているのだろう。
何故だか少し、腹立たしい。もはや自分の掌から飛び立ってしまった愛弟子。
自分の力で登って来いと、そういったのは自分だ。
それなのに、彼女が新しい場所で笑っていることにさみしいと感じている。
その笑顔を独占したいと、思い始めたのはいつごろだっただろうか。
眠っているから今だから言える。
「あまり誰にでも笑いかけるな、頼む。」
2. 眠るきみに秘密の愛を
囁きかけた言葉が、聞こえたはずはない。
だが、まるで聞こえたかのように彼女が寝返りを打つ。
はずみで、枕元に畳んであった掛布がはらりと床に滑り落ちる。
それを拾って、丁寧にかけなおしてやる。
夢を見ているのか、それとも無意識でも掛布を掛けられたことが分かったのか、寝顔にうっすらと笑みのようなものが浮かぶ。
その寝顔を見るだけで、泥のようにたまっていた自分の疲労が取れていくのがわかる。
ずっと、自分だけの傍にいてくれたら。何度も何度も思ったこと。
朝も夜も彼女の傍らにいるのが自分だったら。
ふと悪戯心が湧いた。
自分らしくないけれど、君の夢の中でならいいだろう?
言い訳するように囁く。
「努力しているお前は好きだが、頑張りすぎるなよ。」
そうしてそっと額に口づけた。そのことは自分だけの秘密。
3. 無意識のゼロセンチ
悪戯を仕掛けたのは自分のほうだったはず。
しかし予想外の出来事に絳攸は硬直した。
右手に伝わる温かさ。
眠ったままの秀麗が、絳攸の手を握っている。
解こうと思えば解けないことはない。
だけど、解いてなどやるものか。
じわりと広がる温もり。
その心地よさに、微睡みが襲ってくる。
このままではいけないと思う。
目覚めたときに自分が傍にいれば、驚かせてしまうに決まっている。
そうでなくても、嫁入り前の娘とこんな時間に二人きりなど、誰かに見られたら不利な扱いを受けるのは秀麗だ。
そうなる前に、離れなければ。
そう思う心とは裏腹に、温もりの心地よさのせいで瞼が落ちてくる。
もう少しだけ、もう少ししたら出て行くから。
そう思いながら絳攸は意識を手放した。
4. きみの心に触れさせて
目の前に絳攸がいた。
否。絳攸の顔が目の前にあったというべきか。
整った輪郭、すっと通った鼻梁、長い睫。
いつも触れたくて、でも触れることができなくて。
昨夜は、長官に山のように書類を渡されて、締め切りは朝一番だと言われた。
もう夕方だという抗議など当然取り合ってもらえるはずもなく、出来なければクビだとだけ返ってきた。
漸く終わった時、既に深夜で帰るに帰れず、府庫まで歩いてきた。
そうして休んでいたのだが、絳攸がやってきたころに目が覚めた。
思いを寄せる彼がどうするのだろうと興味がわいて、そのまま眠ったふりをした。
そのおかげか意外なことを聞くことができた。
まさか彼のほうが眠ってしまうとは思いもよらなかったが、流石にこのままでは誰に見つかるかわからない。
そう思い起き上がる。
その音に、絳攸の目がゆっくりと開き、視線が交わる。
絳攸の顔がまず赤くなり、その後青くなるのを秀麗はただ見ていた。
「……すすすすす、すまん。」
そう言いながら絳攸は壁際まで飛びのく。
「あぁ絳攸さま、おはようございます。」
挨拶した秀麗に、絳攸は何もしていない何もしていないとただ繰り返している。
秀麗は絳攸のそばによる。そうして肩に両手を乗せる。
「絳攸さま、落ち着いて下さい。」
秀麗の声にようやく我に帰る。
鉄壁の理性、鉄壁の理性と心の中で繰り返す。そうして大きく息を吸い、説明を始めた。
「仮眠を取ろうとここに来たら、お前が先にいて。
掛布が落ちたから、かけてやろうと思ったら、手を握ってきたから…。とにかく悪気はなかったんだ。すまん。」
「私は嬉しかったですよ。」
帰ってきた言葉に絳攸は息をのむ。そんな事には構いもしないで秀麗は続ける。
「目が覚めて最初に見えたのが絳攸さまで嬉しかったです。」
5.狼まであと何秒?
「秀麗。」
「はい、絳攸さま?」
「俺がいえた立場ではないが、ちょっと警戒心が足りなさすぎないか?」
「どうしてですか?」
「いや、そのいろいろ間違いが起きても仕方ないというか。」
「間違いが起きたんですか?」
「起きてない!断じて起きてないが!」
「では良いではありませんか。」
「良くない。」
「何故ですか?」
「良くないから良くない。」
「理屈になっていませんよ。絳攸さまらしくないですね。」
「だから、寝顔など見せればよからぬことを思う男もいるだろう。」
「どなたにでも見せるわけではありませんから。」
「だが先程のように眠っているところに誰かが入ってくることもあるだろう。」
「起きておりました。」
「は?」
「絳攸さまがいらっしゃったときは起きておりました。」
絳攸は言葉を継ぐことができない。
つまり、眠っているからと安心して自分が放った言葉も、自分のとった行動も、全ては秀麗に知られている。
改めて思い出し、急に恥ずかしくなる。
だが、秀麗は許してくれなかった。
「絳攸さま、誰にでも笑いかけるなとはどういう意味ですか?」
すべて分かって、聞いてきているのは目を見ればわかる。
けれど、退路を断たれた自分には、どうすることもできない。
どうやら警戒心が足りなかったのは自分のほうだったらしいと気付いたけれど、後の祭りだった。
あとがき、という名の言い訳
はじめてお題に挑戦しました。
バラバラでなく、5つのお話をつなげて1つのストーリーにすると自分で決めたことで大変な難産になりました。
まさに自縄自縛です。
狼が子羊で子羊が狼という意外性を出したかったのですが、表現力・構成力のなさで挫折。
ピュアピュア絳攸さまと御史台にちょっと染まってしまった秀麗ちゃん。

