真冬の恋

 

 

セットお題に挑戦

今回は7つのお題をつないで、ひとつのストーリーを作る形式です。

メインとなるのは、絳攸&秀麗と楸瑛&珠翠の恋愛。

どちらのカップルもまだ付き合っていませんが、周りにはバレバレ。

本人たちだけ気付いていないという設定です。

各話の登場人物は基本的に二人。

 

 

真冬の恋7題


1.初雪が降るまでに(秀麗・珠翠)2/14UP

2.ため息まで白い(珠翠・楸瑛)2/15UP

3.
この熱は消えぬまま(楸瑛・劉輝)2/16UP

4.
きらめきに誘われて(劉輝・静蘭)2/18UP

5.
冷たい手でもいいよ(静蘭・絳攸)2/19UP

6.
寒いのは冬のせい(絳攸・秀麗)2/20UP

7.
きみの温かさを知る(絳攸×秀麗・楸瑛×珠翠)2/21UP
 
あとがきは7の最後に
 
 
お題By確かに恋だった
 
 
真冬の恋7題

1.初雪が降るまでに
2.ため息まで白い
3.この熱は消えぬまま
4.きらめきに誘われて
5.冷たい手でもいいよ
6.寒いのは冬のせい
7.きみの温かさを知る
 
お題By確かに恋だった様

真冬の恋7題
 

1.初雪が降るまでに
「それなら珠翠、一緒に練習しましょう。」
秀麗は言った。
「そんな、秀麗さまのお時間をそんなことにいただくわけにはまいりません。」
珠翠はなんとかそれを回避しようと試みた。
しかし、あからさまに断って、邵可の娘である秀麗を悲しませるのも避けたかった。
 
だが、その気遣いが仇となった。
「あらいいのよ、私もつくろうと思っていたから、大丈夫よ。一緒に頑張ってくれる方が私も楽しいわ。」
満面の笑みで言われると、断り辛い。
勉学や政については聡い秀麗だが、妙なところで、わざとかと思うほどに鈍い。
 
事の起こりは一刻ほど前に遡る。
珠翠のところに遊びに来て、お茶をしている秀麗に、女官の間で手套(てぶくろ)を編むことが流行していると何気なく話した。
珠翠は、なぜそんなことが流行しているのか知らなかった。
しかしそれを聞いた秀麗が、おまじないだと教えてくれた。
 
貴陽の冬祭りの日に女人が手編みの手套を渡すと、受け取った男性はその次の一年を健康で過ごせるというのだ。
冬祭りは冬の最初に行われるから、寒さが本格化し雪が降る前に、体を温めるものを贈るのは当然と言えば当然だ。
それがいつの間にか、手套を渡すと同時に女人が意中の男性に思いを伝える日になったという。
 
そして、一緒に手套を編もうと秀麗に誘われたのだ。
しかし珠翠は刺繍と同様に編み物も苦手だ。だから遠慮しておくと伝えたところ、冒頭の会話となったわけである。
 
「でも秀麗さま、手套を編んでも私にはお渡しする相手がありませんもの。」
「あら、普段お世話になっている人にあげてもいいのよ。もともとはそういう意味だったんだし。だから、一緒にがんばりましょ?」
秀麗に両手を握られ、見つめられた珠翠に否と言えるはずもなかった。代わりに問う。
「ところで秀麗さまは、どなたに?」
「父さまと静蘭と、それから…絳攸さまに。」
何故だか、ほんのりと頬が赤くなっている。
その姿を珠翠は可愛いと思った。
 
妹のように思っている秀麗が、勉強の師匠である絳攸に淡い思いを寄せていることは何となく気付いていた。
そして珠翠が見たところ、絳攸のほうも秀麗のことを憎からず思っているようである。
「それは、楽しみですね。」
自然と口をついて出た言葉。
 
ところが秀麗はとんでもないことを言い始めた。
「ええ、だから珠翠もがんばりましょうね。藍将軍のためにね。」
「な、なぜそこであの方の名前が出てくるのですか?」
「あら、だって劉輝の警護の関係で珠翠と藍将軍は一緒になることが多いでしょう?仕事仲間と思ってあげればいいじゃないの。」
なんだかうまく丸め込まれている気がしなくもないが。
「わかりました。ただの仕事仲間ですけれど、お世話になっていることには変わりませんから、そういたします。」
なぜだか拳を握り締めて力強く宣言した珠翠であった。
こうして、冬の訪れと競争するように、秀麗と珠翠の手套作りが始まったのである。
 

2.ため息まで白い
珠翠は手元の物体を見て嘆息した。
秀麗と約束し、手套編みを始めてから十日。
件の祭りの日までは残すところ、二十日である。
 
秀麗は三人分編むと言っていたが、流石に手慣れたもので、そのうえ教え方も上手かった。
そのおかげで、珠翠の手套も何とか片手は完成に近付いているのだが、
やはり網目は不揃いで、秀麗のものと比べると初心者なのがよく分かってしまう。
 
夕方珠翠のもとを訪れた秀麗につい弱音を吐いてしまった。
「秀麗さま、やはり私には無理のような気が致します。」
すると秀麗は励ます様に言葉をかけてくれる。
「大丈夫よ、珠翠。最初の頃よりも格段に上達しているもの。
このままなら、これを練習ということにしてもうひと組編めるわ。
そうすればもっといいものができるわよ。ね、一緒に頑張りましょう?」
 
その笑顔を見てしまうと、どうも弱い。
つい、はいと返事をしてしまった。
 
どうしよう、ひと組でも自信がないのに二組だなんて。
気持ちが焦れば焦るほど、かえって手の動きが鈍るから困ったものだ。
 
すこし気分転換でもと思い、室を出た。
どこへ行こうとも特に考えていなかったが、いつもの習慣で見回りがてら、回廊へと足を進める。
 
この時期が珠翠は好きだ。
空気が冷えて、その分透明度が増したようになり、星が美しい。
そんなことを考えながら、歩いていた。
 
しかし、ある角を曲がったところで、その足が止まる。
そのままそっと来た道を戻ろうとするが、向こうの動きのほうが早かった。
 
「顔を見たとたんに逃げられるとは、傷つきますね。」
月を見上げていたはずの男に、いともた易く捕まった。
「ご自分に原因があるとはお考えになりませんの、藍将軍?
あなた様のせいで、何人の女官がやめて行ったことか。
私の立場もお考えください。」
 
そう言うとつかまれた腕を振り払い、ついと顔をそむける。
「貴女おひとりが振り向いて下されば、これ以上ご苦労をおかけすることはしないと約束いたしますよ、珠翠どの。」
ちらりと流し目を送られても、かえって腹が立つだけだ。
「そのような言葉で引っかかるのは、入りたての女官だけです。」
 
秀麗との約束とはいえ、なぜこんな男のために手套を作っているのかと改めて思ってしまう。
彼ならば、自分が用意せずとも、使いきれないほどに貰うに違いない。
 
そんな珠翠の思考を読んだかのように、楸瑛がそういえば、と続ける。
「珠翠どのは近頃、秀麗殿に手套作りを習われているとか。その手套を手にする羨ましいのはどこの男なのでしょうね?」
「それが誰であろうとも、藍将軍には関係のないことですわ。」
あなたですと答えるわけにもいかず、自然と珠翠の言葉は我ながらかわいげのないものになってしまった。
楸瑛はほんの少し瞳を揺らした後、そうですねと言って去って行った。
 
(あなたの為に編んでいるのに…)
 
(彼女の思い人は一体誰なのだろう?)
 
背中合わせの二人には、お互いが吐き出した大きな白いため息など見えるはずもなかった。
 
3.この熱は消えぬまま

「しゅーえー、余はどうしたらよいのだー?」
 
机の上に突っ伏し、手足をばたばたさせている、自分の上司にしてこの国の至高の存在にお茶を入れてやりながら、楸瑛は分かっていることをそれでもきいてやる。
 
「はいはい主上、どうされたのですか?」
「秀麗が、秀麗がぁぁぁぁぁ。」
 
やっぱり秀麗がらみか、と思いながらも笑みを絶やさないのは、
曲がりなりにも藍家の直系にして若手武官の出世頭筆頭として名高い、自分への誇りがあるからだ。
 
「秀麗どのがどうかしたのです?」
「手套を…」
その一言で、劉輝の言わんとすることがわかった。
冬祭りの手套の事を言っているのだろう。
どうやら珠翠と一緒に秀麗も手套作りをしていることを聞いたらしい。
秀麗の手套を受け取る相手のことが気になるのだろう。珠翠の手套のことを思い出し、楸瑛の心もつきんと傷んだ。
 
「冬祭りの手套ですか。待つ身の男としては辛いばかりですね。」
「そうなのだ。」
「主上、もしもですよ、もしも秀麗殿が他の男性に手套を渡したとして、それで主上は秀麗殿を諦められますか?」
「むぅ。今日の楸瑛は意地悪なことを聞くのだな。」
「もしもの話ですから、そこで落ち込まないでください。」
「うーむ。」
劉輝はしばし考えたあと、真剣な顔になった。
「楸瑛は、同じ状況で珠翠をあきらめられるのか?」
「いいえ。彼女の幸せが確信できるまでは、諦められないと思いますよ。」
「余も同じだ。そんなことで諦められるなら、今もこんなに悩んでなどいないのだ。」
「そうですね。だからこそ、行き場の無い思いを抱えて待つだけの男の方が辛いです。」
彼女の思いが自分に向いていないと知ったところで、この心に灯ってしまった温もりが消えることなどないのだ。
同じ思いを抱いて、ただ無言でお茶をすする男二人であった。

 
4.きらめきに誘われて

「そうやって、庭に下りて一人で考え事をされるところは、昔から変わりませんね。」
 
ひとり、星空を眺めていた劉輝は、うしろから近付いた人に全く気付かなかった。
「あにう…、静蘭。」
「そんな薄着では、風邪をひかれますよ。」
「静蘭は、秀麗に手套をもらったことはあるか?」
「……、ああ冬祭りの手套のことでしたら、毎年いただいておりますが。」
「ままま、毎年だとっ!」
 
驚く劉輝を見る静蘭の眼に、勝ち誇った輝きというか、弱者を見る憐れみというか、
なんだかわからないが見ていた劉輝が若干悔しくなるような色が浮かんだ。
 
「えぇ、毎年です。かれこれ十年ほどになりますね。」
「……、今日の静蘭は意地悪なのだ。」
 
というか、秀麗が絡んだ時の兄上は、ちょっと意地悪だ。
そんな劉輝の考えをすべて見越したように静蘭は艶然と笑う。
 
「私が主上に意地悪をしたことなど、ございましたでしょうか?」
「そういう所が意地悪なのだ。」
劉輝がそういうと、静蘭は少し悲しそうに笑った。

「お嬢様は、旦那様の分と私の分と必ずいつも用意して下さっていましたから。」
つまりそれは、家族して認められているということ。
それは嬉しいことであると同時に、自分の求めているものと、相手の求めているものが違うということを示すものでもある。
そう思うと、ほんの少しだけ、寂しい。
可愛い弟に少しくらいの意地悪をして、その反応を楽しむくらい許してほしいものだ。
 
それにしても、何故と思う。
自分が大切に思うものと、弟が大切に思うものが、何故重なってしまったのか。
そう思った後、すぐに、愚問だと気付いた。
 
「そんなお嬢様だから、大切なのです。」
 
呟いた言葉の向けられた先は、劉輝かそれとも自分自身か。
いずれにせよ秀麗が今年用意している手套が三つであることは、まだ秘密にしておこう、そう思った静蘭だった。
 

5.冷たい手でもいいよ

「静蘭、ちょっと聞きたいことがあるのだが。」
見回りのため外朝を歩いていたところ、絳攸に呼び止められた。
正直、今一番会いたくない相手だが、そんなことを顔に表さないくらいのことは、朝飯前の静蘭である。
 
「絳攸どの、いかがなさいましたか?」
外用の笑顔で問い返す。
彼が自分に聞きたいことと言えば、劉輝のことかお嬢様のことかに違いない。
それならば無視することはできない。
そう思って聞いてみると、話はやはり秀麗のことだった。
 
「その、秀麗のことなのだが。最近は御史台の仕事が忙しいのか?
先刻見かけたときも何やら顔色が良くない様子だったが。
よく眠っていないのではないかと思ってな。」
 
「そのときお嬢様にお聞きになればよろしかったのでは?」
 
秀麗の睡眠不足の原因が目の前の男だと知っている静蘭には、腹立たしい質問だったので自然と答えにもそれが現れてしまった。
 
「聞いても秀麗は心配掛けまいと、ごまかすだろう?
だが、何か仕事のことなのであれば手助けもしてやれるのではないかと思ってな。
何か聞いていないか?」

静蘭は何と答えたものかと思った。
お嬢様の愛情のこもった手套をこの男が受け取ると思うと腹立たしいが、
さりとてお嬢様が秘密にしていることを自分が勝手に話すわけにもいくまい。ここは適当にごまかすしかない。
 
「いいえ、特に何もお聞きしておりませんが。」
そう答えた静蘭に、絳攸は少し残念そうな顔をした。
 
そして全く別のことを聞いてくる。
「こんな寒い中見回りとは大変だな。手套なしで大丈夫なのか?」
 
まさか彼のほうから手套という言葉が出てくるとは思わなかった。
まあこの男のことだから、祭りの手套のことなどは頭にはなく、全くの偶然であろうが。
それならこちらも、そのことには触れまい。
 
「実は今日は忘れてしまったのですよ。」
当たり障りなく答えると、納得したようで、そうかと言って去っていく。
執務室に向かうはずの彼が、全く逆の方向に向かって歩いて行くのがわかったが、あえてそのまま見送った。
 
そうして、改めて自分の手を見る。
本当はわざと忘れてきたのだ。
お嬢様が三つめの手套をあの男のために作ることを知って以来、手套をするのをやめた。
それがせめてもの意地だった。
求めている温もりと違うと知ってなおその手套を付け続けるくらいなら、手套などないほうがいい。
 
 
6.寒いのは冬のせい

「絳攸さま!」
自分を呼びとめる弟子の声に、絳攸は足を止め振り向いた。
「秀麗、どうした?」
自分を見つけて走ってきたのだろうか? 弟子の頬は心なしか紅潮している。
 
「あの、絳攸さま。明日の夜は何かご予定がおありですか?」
「……? 別に予定はないが、どうした? 先日貸した本なら、急がなくても後日でよいぞ。」
てっきり本の返却のことかと思い、そう返す。
明日は貴陽の冬祭りで官吏も公休日となる。
そんな日にわざわざ秀麗の時間を割かせるのは悪いと思いそういった。
 
ところが秀麗は恥ずかしそうに、首を振る。
「いえ、そうではなくて。絳攸さまさえよろしければ、なのですが、お祭りにご一緒できませんか?その、二人で…。」
意外な言葉だった。
二人で、という部分に反応し、今度は自分の頬が赤らむのを絳攸は感じた
 
ところがそれを見た秀麗は何を勘違いしたのか、とんでもない行動に出た。
「絳攸さま、少しお顔が赤いようですわ。ちょっと失礼しますね。」
そう言って額にあてられたもの。
ひんやりとして気持ちいい。
直後、それが秀麗の掌だと気づき体が固まった。
秀麗はそんな絳攸の様子を気にすることもなく言葉を続ける。
 
「熱は、無いようですけれど。お疲れなら明日は無理なさらないほうがよろしいですね。」
そう言って、先刻の話は無しにと言いかける秀麗を制して絳攸は言った。
「いや、大丈夫だ。せっかく秀麗が誘ってくれたのだ。行こう。」
鼓動が速くなっているのを悟られないようにしながら、答える。
 
とたんに秀麗の表情が花のように変わる。
その様子に、絳攸の鼓動は一層早まっていく。
それをごまかす様に、絳攸はとっさに思ったことを言葉にした。
 
「そういえば、ずいぶんと冷たい手をしているな。」
「先ほどまで、御史室におりましたので。新入りの部屋は一番日当たりが悪いのです。」
それで冷えてしまって、とこともなげに言う。
「女人は体を冷やさぬほうがいいと聞く。気をつけたほうがいい。」
何気なくいうと、
「では少しだけ、絳攸さまの手で温めて下さいませ。」
そう言って両の手を差し出された。
 
あまりのことに絳攸が驚き、立ち尽くしていると、秀麗が笑った。
「冗談です、そんなにお困りにならないでくださいませ。」
「いや、困ったというわけでは…。」
どう答えたものかと絳攸が戸惑っているうちに、
「では明日、お待ちしております。」
そう言い残して秀麗は去って行った。
 

7.きみの温かさを知る

冬祭りの日。
邵可邸の前ではち合わせた相手に、絳攸は動揺した。

「おい、常春。なぜお前がここにいる?」
絳攸の問いに、楸瑛は事もなげに答える。
「なぜって、秀麗殿にお招きあずかったからさ。」
 
昨日自分は秀麗に二人でと誘われたのに、と違和感が湧き上がる。
だが、ここで楸瑛と話したところでそれが解決するわけでもあるまいと思いなおし、門の中に入っていく。
 
出迎えた静蘭がいやに不機嫌なことは気になったが、とても理由を聞く勇気はなかった。
 
室に通されると、そこには秀麗と珠翠が待っていた。
秀麗と静蘭以外の三人は、思いもよらない状況に唖然とする。
しかし秀麗はそんな事には気にも留めずに、さあ出かけましょうと言って立ち上がった。
 
静蘭はすべて心得たというように、私は留守番でと申し出て、秀麗もそれなら頼むわねと言い残し室を出て行った。
 
流石に祭りの日ということもあり、街はいつも以上の人出だった。
 
そんななか楸瑛の傍に秀麗がそっと近づく。
他の二人に気取られないように気をつけながら囁く。
その言葉に楸瑛は少々驚いた。
 
「藍将軍、珠翠をお願いします。
祭りでうかれて不埒なことを考える輩がいないとも限りませんから。
私は絳攸さまとはぐれないように気を付けておりますわね。」
 
「なるほどね。秀麗殿がこんなに大胆だとは知らなかったよ。」
そういうと秀麗は静かに笑った。
「私は学んだんです。欲しいものは自分からつかみに行かなければならないと。それだけです。藍将軍もそうお考えになりませんか?」
「なるほどね。これは秀麗殿に一本取られたね。後日また食材を持っていくことにするよ。」
「まぁ、それは助かります。」
そういうと二人はそれぞれ、意中の人の傍により、さりげなく二手に分かれていったのだった。
 
「あら?秀麗さまたちがいらっしゃいませんわ。」
秀麗密談して二手に分かれてからしばらくして、珠翠が言った。
あわてて秀麗を探そうとする珠翠に内心焦りながらも、楸瑛はさも自分も今気付いたかのように答える。

「あれ?そういえばそうですね。まぁ、秀麗殿がついていて下されば、絳攸が迷子になることもないでしょう。」
こちらはこちらで楽しみましょうと提案する。
珠翠は珠翠で秀麗が絳攸の手套を渡そうとしているのを知っているので、下手に探すのも悪いように思ってしまう。
「仕方ありませんね。せっかくですから、荷物でも持っていただきます。」
 
なぜ自分はこんな風にしか言えないのだろう。
言った傍から虚しくなってくる。
だが、そんなことをこの男に悟られるのは癪だ。
 
「それでは珠翠どの、心行くまでお楽しみ下さい。」
そう言われ、必要以上に買い物をしてしまった珠翠であった。
 
そして帰り道。
珠翠は小さな包みを差し出した。驚いたように楸瑛が問う。
「私に、ですか?」
「あなたに渡しているのですから、あなたにです。」
また、こんな言い方しかできない。
そんな風に思っている間に楸瑛はさっさと包みを開けて中身を取り出している。
そして確認するや否や嬉しそうに言った。
 
「珠翠どのの手套がいただけるとは思いませんでした。」
「特別な意味などありませんよ、今日の荷物持ちのお礼です。」
「それでも嬉しいです。」
「……網目が粗いから、対して役には立たないと思いますけど、おまじないですから。」
「ええ、珠翠どのが作ってくださったというだけで、心が温まりますから大丈夫です。」
真顔で言われ、それが自分だけのものではなく誰にでも与えられる言葉だと思うと、無性に悔しくなった。
「…やはり返して下さいませ。」
「一度いただいたら私のものですから、お返しできません。」
「ちょっと、返しなさい。」
「嫌です。」
「私は差し上げるのが嫌です。」
「それでもお返しできません。」
見るからに身分の高そうな男性と、同じく見るからに身分の高そうな美女がものすごい速さで、しかしじゃれあっているようにもみえながら駆け抜けていくのを、貴陽の人々はただ唖然として見ていた。
 
「そういえば、常春の姿が見つからないようだが。」
ずいぶんたった後で、絳攸が問う。
「まぁ、私と二人ではご不満ですか?」
見上げて小首を傾げ、問い返される。
「いや、そういうわけではないのだが。」
「珠翠には藍将軍がついて下さっておりますから、何も心配ありませんわ。それに、二人でとのお約束だったのをお忘れですか?」
そう言われ改めて二人きりを意識して、また鼓動が速くなる。
「いや、覚えている。しかし楸瑛など呼んでいるから、あの約束は反故になったのかと思っていた。」
答える自分の声が何故だか擦れているのがわかる。
「あれは珠翠のためです。ああでもしないと珠翠は藍将軍とお祭りになんて出かけようとしませんもの。」

それよりもという秀麗の言葉とともに、小さな包みが差し出された。わけがわからないまま受け取る。
「開けてみてくださいませ。」
言われるがまま包みを開くと、中から出てきたのは、手編みの手套だった。
「これは、秀麗が編んだのか?」
ありきたりなことしか聞けない自分がもどかしい。
「はい、私が編みました。今日は冬祭りですから。」
にこやかに答える秀麗だったが、絳攸はいま一つ飲み込めずにいる。
「冬祭りだと、手套をくれるのか?」
思ったままを問うたのだが、それを聞いた秀麗の瞳には落胆の色が広がった。
そのことの意味も絳攸にはわからない。
 
そんな絳攸を見て秀麗は気を取り直したように言った。
「はい。冬祭りだと、手套を差し上げるのです。ですから受け取ってくださいませ。」
「そうなのか。わかった。ありがとう。」
そういうと絳攸は受け取った手套を左手だけはめ、秀麗に右手を出す様に言う。
「絳攸さまのための手套なのですから、絳攸さまが使って下さいませ。」
そういう秀麗に絳攸は笑って答える。
「こうして空いたほうの手をつないでおけば、二人とも温かいだろう?」
「……そうですね。」
そうして二人は、祭りの市を見て回った。ずっと手をつないでいたから、絳攸が迷子になることもなかった。帰り道、秀麗が言った。
「絳攸さま、来年もまたお祭り、行きましょうね。」
「ああ行こうな。」
繋いだ手に少しだけ力が加わったのを心地よいと感じた二人であった。
 
 
 
 
 
 

あとがき、という名の言い訳
……コレ、お題と言っていいのかな?
かなり無理がありますが。
貴陽冬祭りは勿論捏造です。
当サイトは捏造基本装備です。

1.初雪が降るまでに
後の流れにつなぐため、冬祭りが初雪の前だと無理やりの設定。
秀麗と珠翠とか秀麗と百合とか、ガールズトークしている姿が大好きです。
秀麗・香鈴・春姫の幻の少女会とか大好きですよ。
妄想しては癒されております。
 
2.ため息まで白い
大好きな楸珠
大好きな両思いなのに気付いてないパターン
珠翠にはずっとツンツンしておいてほしいです。
 
3.この熱は消えぬまま
男たちの悩み。
女子はコイバナで盛り上がったりするけど、男子はどうなんですかね。
そして当サイトの劉輝はいつも報われない。
 
4.きらめきに誘われて
報われない劉輝にせめて兄上との時間を。
静蘭が絳攸の事を言わないのは劉輝のためなのか、はたまた自分も逃げているのか。
 
5.冷たい手でもいいよ
兄上激ニブ迷子に八つ当たりの巻。
傍にいて、恋愛対象に見てもらえないのって本当に切ないですよね。
でも静蘭は「俺も男として見てくれ」的発言はできないと思う。
居心地のいい場所を手に入れてしまったら、そこから動くのは怖いよねというお話。
 
6.寒いのは冬のせい
やっぱり迷子は激ニブのまき。
秀麗がかなり積極的なのは、これを書いたのがバレンタイン当日だったことと無縁ではないと思われます。
それにしても、びっくりしてないで、手だけでいいのか?カラダごと温めてあげるよぐらい言ってほしいものですね。
しかしそんなことを言うと双常春、むしろ劉輝も合わせて常春トリオになってしまいますね。
 
7.きみの温かさを知る
何とか着地しつつも、
静蘭とか劉輝とかは放置。
珠翠はもう一つの手套を邵可にあげているはず。