岩花火
 
 
 
李姫夫婦設定
結婚して数年。子どももいる設定です。
途中名前だけ出てくる優楓というのは、二人の娘という設定のオリジナルキャラクター。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
岩花火
 
 
 
 
 
 
それはある日の夜だった。
 
いつものように絳攸は書斎で本を読んでいた。
 
秀麗は娘と息子を寝かしつけに行っている。
 
家事を家人任せにするのを嫌う彼女は、その後も、こまごまと家事を片づけるはずだ。
 
自分のところに戻ってくるのは、湯を使い寝台に入るころだ。
 
 
 
 
そんな彼女が好きだ。
 
出される菜の一つ一つ、埃ひとつなく磨き上げられた家具の一つ一つから、
 
家族を思う秀麗の愛情があふれだしてくるようだ。
 
くるくると動き回っている様子も、結婚前と変わらず愛らしい。
 
それなのに、時々、そんなことよりももっと傍にと願っている自分がいることを知っている。
 
以前は自分が家族を欲することすらも身に余ることと思っていたのに、
 
どんどんと贅沢になっていく自分がいる。
 
 
 
扉の開く音がして、秀麗が入ってきた。
 
読みかけの本の片付けにでも来たのだろう、絳攸はそう思った。
 
ところが予想に反して、秀麗の白い手が伸びてきて、項を繰る絳攸の手から本を取り上げる。
 
どうしたのだと見上げると同時に起きた更なる出来事に、絳攸は驚かされる。
 
自分の膝の上に温かで心地よい重み。
 
秀麗がそっと横向きに座り、絳攸の肩に自らの頭を預けてきたのだ。
 
絳攸の方から抱き寄せることはあるが、その時でさえいまだに恥ずかしがるような妻である。
 
彼女のほうからこのように身を寄せてくることなど初めてだ。
 
 
 
「秀麗、どうした?」
 
妻の背中に広がる黒く艶やかな髪を手で梳きながら問う。
 
「ただ、絳攸さまに甘えたくなったのです。」
 
腕の中で少し顔をあげ、すこし潤んだ目で答えられる。
 
その姿がいやに扇情的に見えて絳攸は少し戸惑った。
 
それと同時に、自分だけに見ることが許されたその姿に、愛しさと喜びが溢れてくる。
 
 
 
それにしても、甘えたいとは彼女らしくない言葉だ。
 
そう思ったから、そのままを口にする。
 
「珍しいな。秀麗が甘えたいと口にするなんて。」
 
すると秀麗はそれを非難ととったのか、不安そうに問い返してくる。
 
「甘えるの、駄目、ですか?」
 
少し不安の混じった瞳、わずかに傾げられた首、つややかで赤いくちびる、
 
自分に向けられる妻の全てが愛しくて仕方ないのに、駄目なことなどあるものか。
 
「俺は、もっと甘えてほしい。もっと秀麗を甘やかしたい。
 
こんなものでは、全然足りない。」
 
この思いを伝えるには、どれほどの言葉を重ねればいいのか、そう思っているのに。
 
「絳攸さま、私は十分絳攸さまに甘やかされております。
 
これ以上私を甘やかしていけません。」
 
秀麗の言葉に絳攸は目を見開く。
 
「甘やかしている?俺が、秀麗を?」
 
いったいどこが、甘やかしているというのだろう。
 
自分はもっともっとしてやりたいことであふれているというのに。
 
「官吏という夢を叶え、私に家族を与え、
 
しかもその両方を追い続けることを許して下さる方など、絳攸さま以外にはこの世にいらっしゃいません。
 
どんなに仕事で疲れていても、
 
絳攸さまと子どもたちのいるこの家があるから進み続けることができるのです。」
 
こんなに甘やかして下さる旦那様はいませんと笑う秀麗に、胸が締め付けられる。
 
「それを言うなら、秀麗こそ。自分も働きながら、俺と子どもたちの面倒を見て。
 
どんなに遅く帰っても待ってくれていると思うと、それだけで俺は疲れを忘れることができる。」
 
常日頃感じていながらも、伝えることができなかった感謝の気持ちをありのまま伝える。
 
「そんな、絳攸さまが安らげるようにするのは、妻としての当然の務めです。」
 
秀麗はさも当然のように言う。だが、絳攸も負けてはいない。
 
「それなら妻を支え守るのは夫として当然の務めだ。」
 
いつの間にか、どちらが相手をより甘やかしているかを競いあうようになってしまった。
 
自分よりも相手のほうがより甘やかしていると、互いに一歩も譲らない。
 
そうしてしばらくして、どうやら決着はつきそうにないとわかり、どちらからともなく唇を寄せ合う。
 
深い口づけの後、秀麗が少し拗ねたように言う。
 
「それでも、やっぱり絳攸さまのほうが甘いと思います。
 
だってこうして私の言うことに折れて下さるのですもの。」
 
少し膨らませたその頬もまた愛おしい。
 
絳攸は思わずそこにぺろりと舌を這わせる。
 
その舌がそのまま耳へ、次に細い首筋まで下りていくと、秀麗はくすぐったそうに身をよじった。
 
そういえば、と絳攸は思い出し、秀麗に問う。
 
「そういえば、どうして急に甘えたくなったなどと言ったのだ?」
 
すると秀麗は少し恥ずかしそうに視線をそらす。
 
そして、笑わないでくださいねと前置きし、そっと囁く。
 
「食事の後、優楓を膝に乗せていらっしゃったでしょう?」
 
確かに、食事の後に本を読んで欲しいとせがませれ、膝に乗せて読んでやったが。
 
そんなことは今までも何度となくしているし、
 
父親として当然だと思うが、何か気にかかることでもあったのだろうか。
 
「あまりに優しい目で優楓を見ていらっしゃったので、
 
なんだか、優楓に絳攸さまをとられてしまうような気がして…。」
 
娘に嫉妬するなんて母親失格ですとうなだれる秀麗。
 
そんな姿すらも、自分の心に温もりを与えることには気づいてもいないだろう。
 
絳攸は秀麗を抱いたまま立ち上がる。
 
腕の中の秀麗は不思議そうに見上げてくる。その顔に向かって告げる。
 
「秀麗。臥室にいくぞ。」
 
さすがに意味が分かったのか、秀麗の顔はぱっと赤くなった。
 
だがそんなことはお構いなしに、もう一言告げてやる。
 
「たくさん甘やかしてやるから、覚悟をしておけ。」
 
朝までの間だけでもいい。その瞳に自分だけがうつるのなら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき、という名の言い訳
 
別のお話を書いているときに、
ストーリーの関係上
どうしても絳攸と秀麗を引き離さなければいけない時があって(←結局自分のせい)
その切なさに耐えきれず(←だから自分のせい)
その反動でいちゃいちゃいちゃいちゃと言いながら書いた作品。
目指すものは、(読んだ人が)悶えるような超甘々だったはずなのに、
かいてみるといつもとさして変わらず、
そんな自分にがっかりで逆に悶絶でした。
 
タイトルの岩花火とはお花の名前です。レウイシアともいうそうです。
話を書き上げた後に、タイトルに悩んで、何かいい花ことばはないかなと例によってネット検索。
このお花は「ほのかな思い」「熱い思慕」二つの花ことばを持っています。
お花自体はかわいらしいのですが、砂漠などの比較的厳しい環境下でも育つことから岩花火の名がついたとのこと。
そんなお花の強さが秀麗っぽいと思ったのと、一見相反するように見える花ことばが、
どちらも李姫にぴったりだと思ったので、タイトルにいただきました。
岩花火は過酷な環境に強い分、水をやり過ぎると弱ってしまうそうですが、秀麗は絳攸さまの愛貰えば貰うほど強くなるはずです。
 
 
2010年2月21日
小鈴
 
 
 
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