幾望 7
次に気がついたときは寝台の中だった。夜着を着せられて、しっかりと掛布をかけられている。
首だけで辺りを見回すと、枕もとの椅子に腰掛け、本を読む絳攸と目があった。
とっさに身をよじり、背を向ける。
絳攸が椅子から寝台に腰かけなおしたのであろう。柔らかな振動が寝台を伝わった。
「秀麗。こっちを向いてくれないのか。」
「……、は、恥ずかしくて絳攸さまのお顔を見ることができません。」
「俺は、秀麗の顔を見たい。こっちを向いてくれ。」
懇願するように言われ、掛布を引き上げて顔を隠すようにしながらそっと身をよじる。
いつもの師と変わらない、優しい菫色の瞳。平素と違うのは、その目に少し憂いが浮かんでいること。
「秀麗、怒っているか?」
「怒ってなど、おりませんが。」
「おりませんが、なんだ?」
「絳攸さまこそ、私のことを軽蔑なさったのではないかと。」
「軽蔑というか、悔しかったのは事実だな。
秀麗の肌に他の男が触れたと思うと、身が焼けるようだった。
だからついあんなことをしてしまったが、怖がらせただろう。」
「…はい、ちょっとだけ。でも、今の絳攸さまは私のお慕いする絳攸さまです。」
「俺のこと、嫌いになったか?」
「いいえ。だいすきです。」
素直な気持ちを伝えると、師の表情はほころんだ。
「秀麗、順番は違ってしまったが、前から思っていたことを伝えたい。」
「?なんですか?」
「その、お、俺と結婚してほしい。」
「……え?」
結婚?つまり、絳攸さまの奥さまになるということ?
秀麗の頭の中はすでに容量を超え、すぐに返事をすることができなかった。
だがそれを絳攸は別の意味にとったらしい。
「…やはり、だめか。そうだよな。あんなことをした男と結婚なんて考えられないよな。」
などとぶつぶつ呟いている。
「こ、絳攸さま。」
恐る恐る呼びかけた声は、どうにか彼の耳に届いたようだ。
「な、なんだしゅうれい?」
何故だか声が上ずっている。
「あのう、結婚ってつまり、絳攸さまの奥さまになるってことですか?」
「そ、そうだ。」
「絳攸さまが私の旦那様に、なってくださる?」
「も、もちろんそうだ。」
「私で、いいんですか?」
「秀麗がいい。秀麗でなければ嫌だ。」
「わたしも、絳攸さまでなければ嫌です。」
そう言うと上体を起こして絳攸に口づける。
ただ、唇を合わせるだけの口付けなのに、今までで一番甘く幸せな口付けだと、秀麗は思った。
その夜。
後宮をふらふらさまよう楸瑛を、同じくふらふらさまよっていた劉輝が保護するという珍事件が起きた。
「楸瑛は優しすぎるのだ。」
極上の酒を楸瑛の杯についでやりながら劉輝が言う。
「そう言う主上こそ、優しすぎますよ。」
注がれた杯を空にして楸瑛が返す。
「余は優しくないぞ。楸瑛のように憎まれ役になってやることはできん。
藁人形も正しい使い方で使ってしまうかもしれん。
どうして絳攸に嫌われるようなことをわざとしたのだ?」
「なぜ主上がそのことを御存じなのか気になりますが。」
「ふふん、この宮城は余の家。知らぬことなどないのだ。」
「それに、私はただ、臆病で欲張りなだけです。
一番目に欲しいものが手に入らないことが分かっているから、
せめて彼の一番欲しいものの傍にいて、彼の眼に映りたかったのですよ。」
楸瑛の言葉を聞いていたのかいなかったのか、劉輝は唐突に話題を変えた。
「なぁ楸瑛。月が綺麗だな。」
「えぇ。」
「明日の月はもっと綺麗だとリオウが言っておったから、明日もここで飲もう。つまみは楸瑛が持ってくるのだぞ。」
その言葉に思わず劉輝の頭を抱きしめる。
「楸瑛。余は確かに両刀だが、今は心に決めた人がおる故…」
「やはり私の王は貴方だけですよ。」
急に強く吹いた風が、楸瑛の言葉をかき消した。
あとがき、という名の言い訳
暗い上にぐだぐだなお話で申し訳ないです。
突っ込みどころ満載です。
お叱りは勿論受け止めます。
タイトルについて
幾望とは満月(望月)に一番近い月のことです。十四夜くらい。
満月に近く少しだけ欠けがあることから、
小鈴の中で最もくっつきそうなのにじれったいカップル李姫のことであったり、
生まれながらに何でも持っているのに、いつも欲しいものだけがすり抜けていってしまう楸瑛のことだったりをイメージしてつけました。
後半の李姫の勝手にやってろ度合いが上がった一方で、楸瑛は不憫で不憫で。
ついには不憫の会のお月見まで開催されてしまいました。(諸悪の根源は小鈴)
なんか自分が歪んでいるせいか、歪んだ愛って結構好きなんですよ。
静蘭と十三姫もなかなか素直になれず遠回りばかりなのがスキ。
その割に朔ちゃんが好きになれないのは、あれは純愛だからです。
22年2月22日の猫小説で、楸瑛→絳攸←秀麗を書きましたが、今回の設定もそれベースです。
ただ各人に分解してみると
絳攸→秀麗が好き。照れ屋で表現できない。激ニブで秀麗の気持ちに気付かない。
秀麗→絳攸が好き。結構表現しているのに絳攸に気付いてもらえないため、やんわりと断られていると誤解した。
楸瑛→絳攸が好き。でも秀麗のことが好きな絳攸も好き。絳攸・秀麗の気持ちに気付いているが、自分のためにあえて黙っておくこともある。
こんな感じです。
そして最後は愛する人の幸せのために身を引く楸瑛。
あとなんだかんだで楸瑛は秀麗のことも結構好きだと思います。だからこそ自分のものにするのもいいと思ったのです。
自分で書いててなんですが、楸瑛が不憫で大好きです。
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