「秀麗。今日は俺の祝いでもあるなら、頼みごとを聞いてもらえるかな?」
そっと髪を撫でながら問う。
「あ、そうですよね。お祝いと言いながら、なんのプレゼントもなくて。
私ったら、申し訳ありません。」
邪気のない清らかな視線が見上げてくる。
その視線をそらすように秀麗を自分の膝の中に引きよせ、後ろから抱き締める。
「せ、せんせい?」
ずっと思っていたのに言えなかったこと。
今も恥ずかしくて顔を見れず後ろから言うことしかできない。
自分は本当に彼女が絡むと臆病だ。
大切で、大切で、失うことを、壊してしまうことを恐れている。
野ばらのように凛とした彼女。
まだ蕾で誰にも見つからなかったのは、自分にとっては幸いなこと。
けれど、彼女はすでに花開こうとしていることに気が付いてしまった。
誰かに手折られる前に、自分の庭へと移してしまいたい。
そんな欲が渦巻いている。
「もう、先生じゃないぞ。名前で、呼んで欲しい。」
「えっと、こうゆう、さま?」
「恋人同士なのだから、さまはいらないだろう。」
「じゃ、じゃあ、こうゆうさん?」
「絳攸、と。」
「………こう、ゆう。」
「秀麗。」
そういって彼女に回した腕に力を込める。
「絳攸。……駄目ですやっぱり恥ずかしすぎます。
さまがだめなら、せめてさんは付けさせてください。」
「俺の恋人は、ささやかな願いも聞いてくれないのか。」
彼女の気持ちは手に取るように分かるから、あえて、拗ねてみせる。
「あぁぁぁぁ、そ、そんな、そんなつもりはなくて。他にも何かないですか?」
思ったとおり、一生懸命に自分の機嫌を取ろうとする秀麗が愛おしくて仕方ない。
「もうひとつあるが、こちらの方が難しいと思うぞ。」
わざと脅すようにそう言うと、秀麗は泣きそうな目をしながら振り向いて、
それでもなんですかと問うてくる。
うるんだ瞳の上目づかいで振り向くのは、もう反則と言っていいと思う。
心の中で10回は「鉄壁の理性!」と唱えながら、
けしてそれを悟られないように、わざとゆっくりと言葉を放つ。
「そうだな。まぁ聞くか聞かないかは、秀麗次第だからな。
先ほどのように断られても、それはそれと我慢をするしかないだろうし……」
「絳攸さま…、緊張するので早くおっしゃってください。」
あ、結局絳攸さま、に落ち着くのか。
まぁせんせいからは進歩だし良しとしよう。
そう思いながら、一世一代の告白を、なるべくそうと悟られないように紡ぎだす。
「秀麗。大学を卒業したら、俺と結婚してくれ。」
言った。言ったぞ。もう言ってしまった。もう取り返しは付かない。
ノーなんて言われた日には、俺はどうするのだろう。
そういうことをもう少し考えてから言えばよかったかな。
でも心からの気持ちだし、言わないでほかの男に盗られるなんてもってのほかだ。
あーこの心臓の音が秀麗の背中に伝わっていませんように。
というか秀麗、返事は、返事はまだか?おれはこのまま死んでしまいそうだ。
「大学を卒業したら、ですか?」
求婚それ自体には触れず、時期のことだけを気にするような口ぶりだ。
これは、期待してもいいものか。
「卒業してすぐだと、早すぎるか?早すぎるなら、もう少し待っても…」
ノーと言わせないために、必死で条件緩和を申し出る。
「いえ、そうではなくて。4年も先なんて待ち遠しいですね。
私は今すぐにでも絳攸さまのお嫁さんになりたいのに。」
「そうか4年も先はだめか。
それならお前の言う通り、今すぐに、ってえ?秀麗?
いいのか?俺と結婚してくれるのか?俺でいいのか?」
取り乱している。自分で分かるほど酷く。
だけど、秀麗の言葉を確認しないではいられない。
「はい。私には絳攸さましかいません。でも絳攸さまは私でよろしいのですか?」
そう言うと秀麗はあの潤んだ上目づかいで見てくる。だからそれは、反則だ。
男の理性は脆いということをよくよく教えねば。
「俺は秀麗が好きだ。そんなこと、言わなくても分かるだろう。」
違う。言いたいのはそんな言葉じゃなくて。
「知ってます、けど、言って欲しいってわがままですか?」
もうだめだ、我慢できない。
というかここまでよく耐えたと褒められてもいいと思う。
「言うよりももっとわかりやすい方法で教えてやることにする。」
そういうと目の前の可愛い唇にキスをした。
あとがき、という名の言い訳
いつも応援メッセージをくださるすみれさまに
「卒業をテーマに李姫で甘々」話をとリクいただきました。
すみれ様、これでよろしければ捧げます。
甘々に疑問が残りますが…、ダメ、ですか?
途中まで「せいふくの~むねのぼたんをぉ~」とか「しがつか~らはとおくにぃ~」とか歌いながら書いていたのに
なぜか最終的に、「よるのこうしゃまどがら~す」と歌っていた自分が謎です。
静蘭は、お仕事です。男には戦わなければならない時があるのです。