一言にときめく
 
 
一言にときめく5題


1.おいで / 来いよ

2.好きだ

3.バーカ

4.待ってろ

5.泣くなよ
 
 
 
素敵お題by

 
 
 
 
1.    おいで
 
「秀麗、俺は手助けはしない。自力で這い上がってここまで来い」
真っ直ぐ射抜くような視線で貴方はそう言った。
それからずっとその背中を追いかける私を、時々遠くから振り返ってくれた。
いつも痛いくらい真っ直ぐな視線。
なるべく近くへと、果ての見えない階段をただひたすらに上り続けた。
 
「秀麗、おいで。」
優しい笑顔で私を寝台に誘うのも貴方。
宮城ですれ違う貴方の視線は相変わらず痛いくらいに真っ直。
でも、私は知っている。
自邸に帰り二人きりになったときに見せるあなたの視線の優しさを。
 
貴方はいつも私を呼ぶ。
時に厳しく、時に甘く。
私を導くその声は、私の愛しい人の声。



 

 
2.    好きだ
 
貴方は魔法の言葉を使う。
 
その言葉を聞きたくて、今日も私は府庫に向かう。
予想通りの場所に彼はいた。
「絳攸さま、お茶をお入れしましょうか?」
「ん、頼む。」
資料を繰る手を止めて、一瞬だけこちらを見てくれる。
それだけでも十分幸せだけれど。
 
「どうぞ。」
差し出した茶器に添えたのは、小さな菓子。
鶏蛋糕(かすてら)か?
「はい、甘味は抑えてあるのでお口に合うと思います。」
そう伝えると、彼は菓子を手にとって一口頬張る。
「うん、美味い。俺は、好きだ。」
その一言が聞きたくて、毎日のように菓子を作っていることは秘密。
 
彼の言葉は魔法の言葉。
たった一言で疲れも悲しみもすべて癒してくれる。
でもそのことは私だけの秘密。
 
 
 

 
3.    バーカ
 
夢を見た。
あの人が遠くに行ってしまう夢。
追いかけて、追いかけて。
どんなに走ってもその背中は遠く、小さくなっていく。
靴は脱げ、衣の裾ははだけ、髪も振り乱して必死で追いかけた。
喉がかれるほど名前も呼んだ。
それでも伸ばした手が彼に届くことはない。
いつの間にか目の前に高い柵。
右にも左にも見渡す限り続いている。
 
目覚めたらあふれていた涙。
鏡をのぞいたら目蓋は見事に腫れていた。
冷やしてみたりもしたが完全に腫れが引くことはなかった。
 
そんな日に限って、家庭教師の日。
気付かれないか心配するより早く、優しい声で問いかけられる。
「秀麗、どうした?疲れているのか?顔色が優れないぞ。」
優しい、優しい師の声。
その声でまた、涙が出そうになってくる。
それを必死でこらえながら師に問いかける。
「絳攸さま、私、国試に及第できるでしょうか?どれだけ勉強しても不安で。」
やっとのことで訴えた不安。
師は一笑に付した。
「バカモノ。この俺が認める程の実力だ。及第しないわけがない。」
それでも試験前には不安になるとわかるがな、と頭を撫でられた。
彼の掌から安心が広がっていく。
思い出した。自分のできること。
ただ前を向き、彼の後ろを追っていくことだけ。
「そうですね。必ず及第します。だって絳攸さまの弟子ですから。」
その秀麗の言葉で、今日の勉強が始まる。
 


 

 

4.    待ってろ

あれはまだ、女人国試の実施が決まる前のこと。
仮の貴妃として学んだときのことが忘れられず、
無理を承知で学問の師を請うた。
すぐに断られるとばかり思っていたその頼み。
意外なことに受け入れられた。
 
「だが、俺は厳しいぞ。手加減しない。」
望むところですと答えたけれど、出された課題は予想以上。
だけどそれが嬉しかった。
私が本気で諦めきれないように、
この方も本気で教えてくださっている。
女だから、
国試受験など出来ぬから
そんなことは一切言わないし、一切思っていない。
 
いつの日だったか気付いてしまった。
ほかでもないこの方だから余計に嬉しいのだと。
そして同時に気付いてしまった。
この方にだけはこの気持ちは伝えられない。
 
ただでさえ多忙な吏部侍郎の職。
王の側近としての仕事もある。
そんなことのために大切な時間を割いてもらっているのではないのだから。
 
だから絶対に言えない。
そうすることでしかこの時間を続けることはできないから。
 
ある日唐突に告げられた。
「秀麗。今でも官吏になりたいか。」
迷うことなく是と答える。
「今よりもっと厳しい道が待っていてもか?」
「それが官吏になるということなら。」
「そうか。それならもう少しだけ待っていろ。」
意味が分からず、ただ彼を見上げる。
「今は、これ以上言えない。ただ、今まで以上に努力して待っていろ。」
真剣な、瞳。
彼がそう言うのなら、私はいくらでも待てる。
いつか来るその時のために。
そして、貴方といるために。


 

 

 
5.泣くなよ
 
及第成績発表の日。
意外な名前も、予想済みの名前も並んでいたが、その中に確かに「紅秀麗」と自分の名前を確認した。
 
漸く報告できたその日。
師はただ優しく微笑んでくれた。けれどかけられた言葉は厳しいもの。
「わかっていると思うが、これは終わりではなくて始まりだ。」
国試の期間中にも感じたこと。突如導入された女人国試。そうでなくても際立つ年齢。向けられた視線がけして好意のものだけでなかったこと。
これから実際に官吏として現場に出れば、より直接的にそう言った視線に晒されることになるだろう。
それでも、長年受験すらも叶わぬと知りながら、それでも諦めきれずにいた夢。
その夢の階段の一段を確かに上ったのだ。そしてこれからも、上っていくためなら、苦労を厭うつもりなどない。
けれど、瞳から溢れ出る温かいもの。
目の前の師が少し困ったようにおろおろとしている。彼は苦手なのだろう。女人の涙など。
困らせないように、せめてもの言い訳をする。
「これは、うれし涙です。」
「そうか。」
言いながら師は優しく背に手をまわし、宥める様に背を撫でてくれた。それが嬉しくて、でも意外で涙は止まらぬまま、頬だけ緩んでしまう。彼の胸に顔をうずめるようにしているから、そのことは見えていないはず。それでも優しく、でも厳しいいつもの師の言葉が降ってくる。
「これが、お前の官吏としての始まりだ。これから辛いことばかりだろう。だけど泣くな。そんなことにいちいち気を取られるな。」
「はい。わかっています。」
「それでも、どうしても辛かったら、泣くのは俺のところでだけにしろ。」
「……え?」
「………聞こえなかったなら取り消すが…」
「ききき、聞こえました。聞こえましたから。絳攸さまもその約束忘れないでくださいね。」
互いの顔がこれ以上ないほど赤くなっているのに気付かない二人であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
~2010/4/6まで拍手お礼SSとして使用
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