Parfum de la magie

オフラインの原稿で、できないできないと叫んでいたら、陣中見舞いにしても素敵過ぎるBIGな贈り物をつりあげてしまいました。

静十静十叫んでいて良かったです。

花子さまからの頂きもの、素敵静十のはじまりはじまり。

 

Parfum de la magie

 

互いを理解し夫婦の契りを結んでも、全てを分かち合える訳ではない。


たとえ自分は相手をわかっているつもりでも、そこは違う肉体を持った違う人間なのだから。

誤解するのは当たり前。

 

大切なのは解ろうとする努力であって、解らない事を悩む必要はない。はず。

 

 

だがしかし。

常より少し遅く帰宅した旦那様。

いつもなら直ぐに夕餉の仕度なり湯殿の準備なりを手伝ってくれるのに、今日に限ってこそこそと自室に籠って出てこない。

これを気にするな、と言うのが無理だろう。

常と違う行動を、誰よりも規則正しい人間がとる。

顔色や臭いを嗅ぐ限り病ではなさそうとなれば、刺激されるのは案じる気持ちよりも好奇心。

 

 

十三姫は慎重に気配を殺し、庭から室の様子を覗き見た。日中の暑さで開けたままの蔀がありがたい。

 

そろりと瞳を動かし室内を見渡すと、左手奥に旦那様の背中を見つけた。

帰ってきた時のまま、部屋着に着替える事なく腕組みをしているのだろうか?

卓子に向かって椅子に腰かけている。

 

 

いくら待っても微動だにしない背中に焦れて大胆に顔ごと覗きこむと、何やら小さな影が見えた。

花瓶? であろうか。

片付けられた卓子の上に、ぽつんと置かれているのはそれだけのようだ。

と、いうことは。旦那様こと静蘭は、帰ってくるなり愛妻の機嫌をとることもしないで、瓶だか何だかを熱く見詰めていることになる。

 

 

何故? 何故瓶? 十三姫の知る限り、静蘭に骨董趣味等なかったはず。

長年の紅邵可邸で身につけた節約精神から、客間と十三姫の室を除けば花を飾る事すら贅沢とばかりの地味暮らしをしているのだ。

 

まさか、私への贈り物?

十三姫は一拍分喜んだものの、直ぐに現実に戻った。

静蘭が私になにかくれるとしたら、花瓶等あり得ない。

香水も然り。

まず間違いなく馬関連か、もしくは武芸書等だろう。

まぁ、初めて共寝をした朝にもらった簪は、別として。

 

淡い思い出に顔をニヤニヤさせていた十三姫は、突然浮かんだ考えに顔面蒼白になった。

 

静蘭がこそこそしている。室に籠って出てこない。

何やら小洒落た瓶を仕入れてきた。

私への贈り物ではない。

ならば考えつくのは……愛人?!

 

いや、静蘭に限ってそんな事はないはず……。でも、いやそんな、まさか、嘘っ嘘っ!

 

 

冷静に考えれば静蘭が十三姫を裏切る事をするはずがなく、例えそうでももっと巧く隠すはずである。

けれども、常と違う静蘭の行動に乱された乙女の思考は雪崩のように悲劇の舞台へと転がり落ちた。

 

 

しばらく蔀の下に踞りウンウン悩んでいた十三姫だったが、そこは打たれ強い藍家の十三番目。

疑問があるなら正面突破で解決するべく、拳を握り締め勢いよく立ち上がった。

 

あまりに勢いが良すぎたのか、くらりと立ち眩みがしたので思わず背中の壁へと手を伸ばす。

直ぐに温かい壁を見つけ、掴んだ。

 

……温かい?壁って掴めた?

 

嫌な予感は当たるもの。

ゆっくりと返り見た己の手は、無機質な壁ではなく見慣れた衣を掴んでいる。

 

あらー……。

 

素早い状況判断は闘いにおいて基本中の基本。

十三姫は素早く頭の中を整理すると、にっこり笑って静蘭を見た。

 

「やだごめんなさい。珍しく立ち眩みしちゃったのよ。ところで、いつから気づいていたの?」

 

数拍ほど無言で十三姫を見詰めた静蘭。じぃとその黒い瞳を覗きこむと、ふっと微笑んだ。

 

「そんなに気になりましたか?目を回すほど」

 

ムカつく男ね。

十三姫はなんだか居心地が悪くなってきた。

普段は口で負ける事はないが、静蘭がこんな顔をした時はあまり勝負をしたくない。

何を言っても負ける気がしてしまう。

 

十三姫が黙って静蘭を睨むと、静蘭は楽しそうに笑いながら手招きした。

 

「別に隠す事でもありませんからね。ちゃんと扉からいらっしゃい。そもそも貴女のお兄様からの頼まれ事ですし」

「お兄様?って楸瑛お兄様?」

 

頷く静蘭をみて、十三姫は足早に扉へと向かった。

窓から入ってしまいたいところだが、煩い旦那様から聞きたい事を聞くまでは大人しくした方がいいだろう。

 

 

急いで扉から室内に入った十三姫は、そのまま先程静蘭が座っていた卓子に近づいた。

卓子の上には硝子だろうか? 繊細な彫り細工を施された小瓶が一つ、置いてある。

 

「楸瑛お兄様がこれを?」

小瓶を指差し確かめる。

 

「今日の返り際に頼まれましてね。愛する妻の兄でなければ無視することもできたのですが、届ける相手と届ける物が少し気になったので」

 

「触っていい?」

 

聞きながらも返事を待たずに持ち上げる。

小さな栓を抜き、匂いを嗅ぐなり十三姫は直ぐに栓を元に戻した。

 

「ちょっと!これって媚薬じゃないのよ!こんなのどうする気よこの変態!」

 

嫌悪感も露に詰る十三姫に対し、静蘭は首を振ってわざとらしくため息をついた。

 

「先程も言いましたが、これは貴女のお兄様が用意したものです。

誰が変態ですか誰が。

だいたいちょっと臭いをかいだだけで解るなんて、貴女はどこでこんなものを使ったんです?

私とではありませんよね」

 

静蘭は綺麗な無機質微笑が怒りの証と思われているが、十三姫は知っていた。

本当に怒った時、静蘭は笑わない。

いや、表情だけをみれば笑っているかもしれないが、決して笑っていない眼力が強すぎて笑顔なのに無表情というあり得ない芸当をするのだ。

 

「使った事なんかないわよ!ただ、護身術がてらその手の薬も覚えただけよ!」

「覚えた?自分の体で試したんですか!?いつ?何処で?誰と?!」

 

「あーもう!一々煩いわね!毒に身体を慣らすやり方はあんたが一番ご存知でしょう?!」

 

自分が叫んだ後の沈黙は余分に重苦しい。

いつものように倍にして言い返してくると思いきや、静蘭はむっつりと黙ってしまった。

真一文字に結んだ唇は、まるで糊で貼り付けてしまったように離れる気配がない。

 

「なによ。なんか言いなさいよ」

「……」

 

こうなると我慢比べだ。

静蘭は自分が納得するまで口を開かないだろうし、こちらもこの件に関しては譲歩する気はさらさらない。

こんな時は、話題を変えるに限る。

 

「そういえばこれ、誰かに届けるって言ったわよね?

こんなもの誰に届けるわけ?

だいたいどうしてお兄様が自分でその人に渡さないのよ。

人の旦那を何だと思ってるのかしら」

 

最後の一言がお気に召したらしい。

静蘭は表情こそ固いままだが、しぶしぶといった風に妻の誘導に合わせた。

 

「お嬢様にと」

「はぁ?!」

 

あり得ない、一番あり得ない! てっきり羽林軍のへっぽこ野郎辺りかと思いきや、よりによって何故秀麗ちゃん!

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ! なんで秀麗ちゃんがこんなもの兄様に頼むのよ!」

「私だって信じられるか! だがお前の愚兄がそう言って寄越したんだ。じゃなきゃ誰がこんな役を引き受けると思う?」

 

それもそうだ。

話が大切なお嬢様に関する事だからか、静蘭は先程の黙りが嘘のように話だした。

 

「こんなものをお嬢様にだと? 何を考えてるんだあの常春は!

だいたいお嬢様は絳攸殿と仲睦まじく暮らしておられるのに、こんなもの必要あるわけが……いや、まてよ。

もしや表面上仲睦まじく見えるだけで、もしや絳攸殿がお嬢様を苦しめて……。

いやそんな馬鹿な。だがしかし……」

 

成る程、最初にこっそり室を覗いた時はこんな事を考えていたのか。

お嬢様至上主義はいまだに健在らしい。わかってはいたけれど。

 

「そんなに気になるなら、秀麗ちゃんに直接聞けばいいじゃない」

 

「お嬢様に?」

 

「そうよ。なんなら私が届けがてら聞いてあげましょうか?『これは女を腰砕けにする薬だけど、こんなのに頼る程夜が苦痛なの?』って」

 

「馬鹿な!」

 

「なんであなたが怒るのよ。なら『こんな薬に頼らなくても、よくなるコツを私が教えてあ・げ・る♪』とか」

 

「……たった今からお前はお嬢様に近づくな。お嬢様の視界に入るな。いっそ邸から出るな」

 

「なによ!真剣に言ってるのに!」

 

「お前の常春馬鹿は兄譲りか。そうか、わかった」

 

言うなり、十三姫の視界で静蘭が揺れた、ように見えた。

武芸には多少覚えがある十三姫でも、本気の静蘭には敵わない。

気づいた時には背後をとられ、腕を握られていた。

 

「ちょっと何よいきなり!何がわかったのよ。っていうか放しなさいよ!」

 

身をよじり叫びながらも、静蘭の纏う空気が変化した事に気づいて嫌な予感がした。

しつこいようだが、嫌な予感は当たるのだ。

 

「ちょっと!この変態!なにしてんのよ!」

 

「煩い。たまには黙って従ってみたらどうだ」

 

暴れて抵抗したつもりでも、気づけばしっかりと両手を縛られている。

 

「常春の兄に負けないようだからな。せっかくだから、この薬を試す事にした」

「はぁ?! あんた何言っちゃてんの? それは秀麗ちゃんに渡すんでしょ? っていうかその顔やめなさいよ!」

 

男女が色事に染まろうとした時、なぜまわりの空気が変わったように感じるのだろうか?

大抵は自身の感情の変化によるのだろうが、今はすっかりいつもの微笑みを取り戻した男のせいに違いない。

 

「こんな薬、お嬢様に渡すわけがないだろう。

中身を香水にでも変えて、私からの贈り物として渡すつもりだ。

お前の兄上には話を聞かなければならないが、まずはその妹からだ」

 

「あんたの思考回路どうなってんのよ! 私そんなの死んでも飲まないわよ!」

 

必死にもがく十三姫をよそに、静蘭は楽しそうに笑っている。

 

「毎晩『もう死んじゃう』と言って悦んでいるじゃないか。これを飲むとどうなるか、私にもみせてくれ……」

 

最後は少し掠れた声でにじり寄る静蘭に、十三姫の膝ががくがくと反応しはじめた。

 

「私にその薬は効かないわよ。それに、薬に慣れる時は一人で対処させられたわ。

だから……そうだ! 静蘭帰ってから何も食べてないでしょう?

お腹空きすぎておかしくなったのよ。

ほら、紐を解いて。直ぐに夕餉の仕度するから、ね?」

 

最後は珍しく可愛くお願いしてきた十三姫に、静蘭も少し落ち着いた様子で輝く笑顔を返した。

 

「そうですね。確かにお腹は空いています。直ぐに頂くことにしましょうか。」

「そうよ!直ぐにご飯にしましょう!腹が減っては戦は出来ぬって言うしね。じゃあほら、紐を解いて?」

 

媚薬の危機から逃れ、ほっとした様子で体から力を抜いたその瞬間。

これだから元公子様は危険なのだ。

 

紐を解いてもらおうと背中を向けたとたんに背後で素早く動く気配がし、

後ろを振り返ろうとした時には顎を抑えられ口を塞がれていた。

驚きから開いた唇を通して甘ったるい液体が流しこまれる。

口から吐き出そうにも隙間無く口付けられ、かなわない。

意地でも飲み込むまいと頑張っていたのに、口付けたまま喉を優しく指で撫ぜおろされた瞬間、負けた。

 

ごくり、と喉がなるのを待って唇が解放された。

そのまま、まだ唇が微かに触れたまま極悪人が囁いた。

 

「世の『お約束』は守らないといけませんからね。

先ずは貴女をいただいて、それから食事をいただきます。

それと、薬に慣らした体を鳴らすのは、私の特技だとご存知でしたか?」

 

 

 

タイトルのParfum de la magieは小鈴が勝手につけさせていただきました。
魔法の香りという意味です。

 * * *

酒宴様は、昨日サイト凍結をなさいましたが、その前にいただいた作品です。

静十静十叫んでいて良かった。

私の中で静十の醍醐味は、「腹黒セクハラかわいい」旦那さまである静蘭なのですが、予想を上回る素敵静蘭で、ドキドキいたしました。

花子さま、素敵作品をありがとうございました。

そして今までサイトお疲れさまでした。
掲載が遅くなり大変失礼いたしました。

素敵な作品に感謝と尊敬を。
そして、またどこかでお目にかかれることを祈って。

2010年6月27日 小鈴