ちぇんじ?

 

 

 

ちぇんじ?


第一話:静蘭は戸惑う

 
目が覚めたらお嬢様が隣で眠っていた。
 
一瞬、本当に一瞬であるが、自分の中に生まれた気持ちに、やましいものが混じっていたことは認めざるを得ない。
なんといっても10年以上も大切に大切に見守ってきたお嬢様だ。
お嬢様のことであるから当然であるが、本人だけが自覚のないまま、寄ってくる悪い虫に事欠いたことがない。
そのたびに、相手に笑顔でよくよくお話しお引取り願った。
話し合いが通じない場合には、どうしようもないので、ほんの少しばかり仕置きをしてわからせたこともある。
 
その、お嬢様が、無防備にも夜着で、しかも私と同じ寝台で休んでいる。
なぜ?
世の中の酸いも甘いも大体経験していると自負していたが、まだまだ驚かされることはあるようだ。
そう思いながら、ひとまず起き上がる。
 
なんだか体に違和感がある。
なんとなく、思い通りに動かないというか、鈍い。
いろいろおかしいことがあるなと思いながら、何とはなしに自分の手に目をやる。
 
おかしい。
 
これは自分の手ではない。
これは、この手の持ち主は。
 
私の予想が正しければ、いやなことが起きている気がする。
とにかく、早急に鏡を確認せねば。
 
そのとき、隣から声をかけられた。
 
「絳攸さま、おはようございます。」
お嬢様の愛らしい声は、私の予想が正しかったことを証明している。
さて、どうしたものか。
しばらくこの体のままで、お嬢様の隣にいるのも悪くはないかもしれない。
絳攸殿の普段の行いで、お嬢様の夫としてふさわしくないところがないか確認してみるのは、悪いことではないはずだ。
 
そんなことを思っていると、お嬢様の口から衝撃的な言葉が飛び出した。
 
「絳攸さま? 今朝は口付けしてくださらないのですか?」
悲しそうな、お嬢様の声。
しかし、今聞き捨てならないことを聞いた。
「今朝は」だと?
つまり、毎朝日課のようにそんなふしだらな行為に及んでいるということか?
許されないことだ。
これは、黎深様に伝わるようにして、少し痛い目を見させなければ……。
 
私が怒り、もとい、使命感に燃えていると、お嬢様に顔を覗き込まれる。
その顔を見たとたんについ、身に染み付いた習慣で、言ってしまった。
 
「おはようございます、お嬢様。」
言ってから、しまったと思ったが遅かった。
 
「絳攸さま?……せ、静蘭?」
一言で私の正体を見守るとはさすがお嬢様。
長年見守り続けた甲斐があるというもの。
そう思うと感慨深い。
 
しかし、お嬢様のほうはそうは思ってくださらなかったようで。
ぐいと襟元をつかんで引き寄せられる。
「ちょっと、何で絳攸さまの体の中に静蘭がいるの?絳攸さまは?絳攸さまはどうされたの?」
 
お嬢様、私の体の心配はしてくださらないのですね。
少しだけ傷ついた。
10年以上も、そう、10年以上もお傍で見守り続け、迷子の手の及ばぬ茶州でも苦楽を共にしたこの私ではなく、義理の従兄弟で学問の師ではあるものの、劉輝のそばに側近として控えながらも後手後手に回る失策続きだったあの迷子の心配ですか…。
 
「ねぇ静蘭。どうして?どうしてよ?絳攸さまは?もしかして静蘭の体の中にいらっしゃるのかしら?」
「……そうですね。確証はありませんが、一番可能性は高いかと。」
自分の体が心配になったこともあり、二人で私の自邸に向かうことにする。
 
それにしてもお嬢様。
いくら夫とはいえ、あの迷子の心配だけをして、私の心配をしてくれないなんて、傷つきます……。
まぁその鈍いくせに妙なところだけ鋭くて、そして一途なところがお嬢様の魅力なので、仕方ないですけどね。



第二話:十三姫は見た

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 
突然響き渡った悲鳴で飛び起きた十三姫は、壁際に張り付いて震えている夫に声をかけた。
 
「ちょっと、朝から、何を騒いでいるのよ。厩舎の馬が不安がったらどうしてくれるのよ!」
 
常の夫であれば、このくらい言えば、そんな度胸のない馬なら捨ててしまいなさいとか何とか、言い返してくるはずだが、待てど暮らせど何も返ってこない。
考えてみれば、自分の夫は壁際の隅っこに膝を抱えて小さく丸まるような人間だろうか?
その時、夫の体をした生き物が、こちらを振り返って言った。
 
「なぜ、秀麗ではなくお前がいるんだ? 秀麗は、秀麗はどこに行った?」
 
まったくどいつもこいつも秀麗ちゃん秀麗ちゃんって……。
だけど、この人は、たぶん。
 
「ねぇ、あなた、絳攸さんでしょ?」
「そ、そうだ。何度も会っているだろう。」
 
どうやら、嫌な予感は的中していたらしい。
しかも、本人(中身)はそのことにまだ気づいていない様子。
 
「確かに、李絳攸さんなら、何度もお目にかかったことはあるけど。――ま、説明するより早いから、とりあえず鏡見てよ。」
そう言って、室の隅にある自分の鏡台を指し示す。
絳攸は何の疑問も抱いたようでもなく、鏡に歩み寄る。
そして再び、悲鳴が響き渡った。
 
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。なんで、静蘭……。」
 
こちらを振り返った顔には、何故?どうして?理解不能と文字が浮かんでいる。
宮廷随一の才人とか言われているらしいけれど、突発的事項には対応力不足のようだ。
実戦向きじゃないわね、まぁ文官だから仕方ないのかもしれないけど。
 
それにしてもこの微妙に根性が据わっていないあたり楸兄さまにちょっと似ている。
類は友を呼ぶで、友達なのかしら?
そんな事を十三姫が考えている間にも、こちらを向いたまま固まった顔はぴくりとも動かない。
いつも鼻につくくらいとり澄ましている夫の顔が、不安いっぱいという表情を見せるのは、面白い。
絵師でも呼んで、描かせておこうかしら?
 
しかし、あまりにもかわいそうなので、声をかける。
「ねぇ、そうやって固まってても何にも解決しないと思うけど。」
「そ、そうだが。しかし、どうすれば。……それに俺の体はどうなっているんだ?」
「素直に考えれば、打ちの旦那様があなたの体の中にいるんじゃないの?」
「秀麗は、大丈夫だろうか?」
中身が別人と分かっていても、この顔で秀麗ちゃんの名前を連呼されるのはなんだか不愉快だ。
そうおもってちょっと意地悪を言ってしまう。
「さぁ、どうかしら? 秀麗ちゃんはもしかしたら気付かないかもね……」
 
絶対にそんなことはあり得ないと思いながら言ったのに、目の前の男の表情は暗く沈んだ。
「…しゅうれい。静蘭のことだから、傷つけるようなことはしないだろうが…。」
やっぱり、この顔で秀麗ちゃんのことばかり言われると、わかっていてもイライラする。
そう思っていると、目の前の男はすっと立ち上がった。
 
「帰る。」
 
どうやら、秀麗ちゃんのことが心配で心配でいてもたってもいられなくなったらしい。
だが、たしか李絳攸は極度の方向音痴だったはず。
ひとりで放り出しても自邸までたどり着けるとは思えない。
 
「ちょっと待ってよ。それならひとまず向こうに使いをやって、入れ違いにならないようにしましょう。」
そう諭している間に、何やら騒がしい足音が近づいてくる。
その足音は室の前で止まると、遠慮もなしに扉を開け、入ってくる。



 




第三話:絳攸は途方に暮れる

室を開けて入ってきたのは、秀麗と、俺、だった。
秀麗はこちらに、そして俺の体は十三姫のほうに迷いなく近づく。
 
こちらに近づいてきた秀麗は不安げに見上げてくる。
「絳攸さま、ですよね?」
「あぁ、なぜだかこんなことに。」
「俺の体には静蘭が入っているのか?」
「そうみたいです。ひとまずご無事で何よりです。でも、戻れる方法を探さないといけませんね。」
「そう、だな。」
 
その方法も思いつかないまま二人して途方に暮れる。
 
一方残りの二人は。
「姫、どういうことですか。何故未だに夜着姿なのです。私の体とはいえ中身は別の人間なんですよ。藍家直系の姫君ならそのくらいの慎みを持ってください!」
「煩いわね、不可抗力でしょ。さっき気付いたばかりで着替えるどころの話じゃなかったんだもの。それよりあなたこそ、絳攸さんの体なのをいいことに秀麗ちゃんに何かしたんじゃないでしょうね?」
「失礼な。お嬢様に何かしたければ、この様な体を借りずともいくらでもやって見せます。」
「な、やっぱりまだ秀麗ちゃんに未練があるのね。」
「それとこれは話が別です。姫こそ、いつものように寝込みを襲ったりしたんじゃないでしょうね。」
「今日はしてないから安心しなさいよ。」
「そうですか。それは良かったです。」
「そうね、その話し方、確かにうちのだんな様の様ね。何でこんなことになっているのかわからないけどとりあえず、一安心だわ。」
「私が姫を置いてどこかに行くわけがないじゃありませんか。」
「……どうだか。」
 
そう言いながらも二人の距離はぐっと縮まる、はずだった。
 
だがそれは秀麗によって阻まれる。
 
「ごめんなさい。中身が静蘭だとわかっていても、絳攸さまの体に他の女性が触れるのが嫌なんです。」
 
真っ赤になりながらそう言った秀麗は、ほんとに愛らしい。
静蘭などにこの顔を見せないように、一刻も早く連れて帰りたいと思った。

 



第四話:終りよければすべてよし

 

とりあえず元に戻る方法を探そう、それが四人の総意だった。
 
しかし、こうなった理由もわからなければ、解決方法もさっぱり思い当たらない。
あーでもないこーでもないと言っているうちにとうとう日も暮れた。
 
そこで十三姫が口を開く。
 
「ねぇほんと今さら何だけど、眠っている間にこうなったんだから、とりあえず眠るってどうかしら?私、久々に秀麗ちゃんと一緒に寝たいわ。」
 
その場の誰もが、そんな都合のいい話はないだろうと思った。
さりとて、朝から考えに考えて何も良い考えも浮かばずにここまで来たのである。
ひとまず休んで、仕切りなおすことに反対する気力が残っているものはいなかった。
 
そして翌朝
 
「何も考えずにやってみて、うまくいくこともあるのだな。」
「私は絳攸さまが元に戻って下されば、何でもいいです。」
「本当にあなたには敵いませんよ。」
「何当然のこと言ってるのよ。」
四者四様のことを言いながらも、こんなことは二度とご免だと思う四人がいた。
 
後日、絳攸が黎深に理由も明かされるまま呼び出され、ねちねちと嫌みを言われ続けたのが静蘭のせいと知っていたのは、邵可と十三姫だけである。
 
 
 


あとがき、という名のいいわけ

2010年4月から、拍手お礼に使っていたものです。
大体一ヶ月くらいで変えようと思っていたのですが、オフラインに手間取ったりで大変長い期間お勤めしてくれたわが子です。御苦労。

こちらに掲載にあたり、レイアウト変更などの為、読み返したのですが、どう考えてもこのころから静蘭の事が好きだったとしか思えない。
無自覚だったのですよ。

そうと知らずに恋に落ちていた。
他の方が書くお話で読むなら、よだれが出そうな状況ですけど。
自分と二次元のお方とだと途端に愉快なことに。

それにしてもおふざけが過ぎますね。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。

2010年7月2日 小鈴

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