八色証券貴陽本店営業一課

設定
証券会社本店営業一課
課長:劉輝
主任:静蘭
課員:楸瑛
 
総務課
課長:黎深
主任:絳攸
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ただ今戻りました」
 
外回りから戻った八色証券貴陽本店営業一課の楸瑛に、課長の劉輝がきらきらと目を輝かせ報告を待っている。
もちろん彼は信じているのだ、これから自分が報告することが彼の望むことであることを。
 
「課長、郭さまの奥さまに約定頂きました」
「そ、そうか。良かったな。で、金額は」
「ひとまずは三億円を。ご主人さま名義であと二億はご相談の上で明日ご連絡いただくことになっておりますが、おそらくは大丈夫です」
「それは良かった。今月も予算達成だな。しかも大幅にオーバーだ。これでうちの課は今月も表彰確定だな。」 
 
二人のやり取りを、主任の静蘭が無言のままちらりと見た。
ところが課長はそれを見逃さない。
「どうしたのだ、静蘭?もちろん静蘭も予算達成しているのは、わかっているぞ」
「どうせまた……。いえ、何でもありません」
そう言いながら浮かべる笑顔はどう考えても何かある顔だ。
 
「私はただ、郭さまの奥さまにお願いしただけですよ」
いつもなら鬼の主任に逆らうことなどしない楸瑛だが、久々の大口約定が決まったばかりの今日は、少々強気だ。
しかし、静蘭が口を開く前に、別の方向から冷たい声が飛んでくる。
 
「手を握って、この暑い中外回りは嫌だの、貴女の傍にいたいだのと囁くのは、普通にお願いするとは言わんぞ、常春」
 
振り向けば、総務課の絳攸が大量の伝票を持って立っている。
 
「やぁ、絳攸。君が営業フロアに来るなんて珍しいね」
「必要がなければ、来ない。今日は必要があっただけだ」
「そう、うちの課に?」
「お前、心当たりがないとは言わせんぞ」
「う、やっぱりダメかい?」
「いいわけないだろう。名前と金額だけ書いて、あとはよろしく♪なんてメモ付けられてうちの上司の決裁取れると思ってるのか?」
「いやぁ、私が伝票記入苦手なのは、知っているだろう?君がやってくれれば何倍も速くすむしさ。愛の力で頼むっってああああああ!お願いだから四季報を投げるのだけはやめておくれ」
「うるさい。神聖な法定伝票をなんだと思っているんだ、そこへなおれ!!!!!」
 
絳攸は手当たり次第、四季報やら目論見書やら(それも分厚いものばかりを狙って)投げまくる。
楸瑛は慣れたもので、次々と受け止めては、デスクの上に積み上げていく。
 
大方の同僚たちは、いつものことと素知らぬふりを決め込んでいるが、営業十課補佐の楊修だけは、そっと様子を見ている。
 
そんな中で、劉輝の目がうるうると涙を湛え始めた。
「み、みんな仲良くするのだ~!仲良くが良いのだ……」
劉輝の言葉尻が消え入りそうになっていく。
 
その瞬間、夏だというのにフロアの温度が一気に下がった。
なぜ屋内にブリザードが吹き荒れるのか。氷の魔王さまが降臨されたからだ。
楸瑛と絳攸は恐る恐る、魔王さまを振り返る。
 
「課長のおっしゃる通りです。だから、仲良くしますよ」
絶対零度の頬笑みで言われても、仲良くなどできるはずもないのだが、二人の中の生存本能が、かろうじて首を縦に振らせて、何とか命だけは守られた。
 
その様子を見るや否や、今度は劉輝の顔は満面の笑顔になる。
「静蘭は流石だな。課長の私より頼りになるかもしれぬ。むー、……不甲斐ない課長ですまない」
しゅんとする劉輝に向かって、今度は本物の笑顔を浮かべながら静蘭はいう。
「課長、課長はまだお仕事に慣れていらっしゃらないだけです。大丈夫ですよ」
「静蘭がそう言うなら、もっと良い課長になれるようにがんばるのだ」
「はい。私も全力でお手伝い致します」
そう言って再度振り返った時、静蘭の顔に浮かんだのはまたも絶対零度の笑み。
 
全く器用なものだ。
そう思いながら、自然と直立不動になる楸瑛と絳攸だった。
 
「さぁ、課長にご迷惑をおかけしないようにキリキリ働けよ、楸瑛。それから紅総務課長から内線がかかってきて、うちのものがどこかで油を売っていないかと聞かれたので、今ここで売っていると答えておいたからな」
 
それを聞いた途端に、絳攸の顔は青ざめる。
そして早足で歩き去る。
 
その先は、総務課とは全く逆方向。
いつの間にか近くに来ていた楊修がそれとなく、「私も、総務課に用事があるんです~」と絳攸を連れていくのを、楸瑛は安心半分心配半分で見送ったのだった。
 
 
続く、かも(笑)