presented by 揚羽蝶みついさま (飄飄飛舞マスター)
もう日が傾きかけた夕刻。
大きな、慣れない寝台の上で、秀麗は目を覚ました。
ふと、窓のある方を見れば、
自分が眠りについた時から随分時間が経っていることに気付く。
あんなに高いところにあった太陽が今は水平線を目指して傾いてきている。空は橙色を強くし、燃えるような色へと変わっていた。
「もう、こんな時間……?」
上体をお越し、開け放たれたバルコニーを見遣る。
宿泊している部屋のバルコニーからは、南風とともに微かな潮の香りと心地よい波の音が届いていた。
「タンタン…」
バルコニーの手摺りに肘をついていた蘇芳が名を呼ばれ振り返る。
「あぁ目が醒めた?もう体ヘーキ?」
「……うん。ごめんね、タンタン」
秀麗は俯いた。
二人でのこの旅行を楽しみにしてたのに。
まさか日中の暑さで自分が倒れるとは思ってもみなかった。
「それに結局海にも入れなかったし……」
蘇芳は小さな溜息をつくと、俯いたまま掛布を握りしめる秀麗の頭を軽く小突く。
「ったく。そんなこと気にするなっての。
元気になってくれたんだから、俺としてはそれだけでいいワケ」
やれやれとでも言いた気に、頭を撫でられる。
その手はひどく優しかった。
「残念だったけど、まぁいいじゃん。
水着着て無い胸を晒さなくてもいいし。ラッキーぐらいに思っとけば」
「んなっ、なんですって!
ちょっとヒドイわよ、タンタン…!!」
秀麗は勢いよく顔を上げた。
その瞬間、蘇芳と目が合う。
てっきり悪戯めいた、いつものヘラッとした笑みを浮かべていると思ったのに。
(あ、………)
心臓がとくん、と鼓動する。
一瞬にして蘇芳から目が話せなくなる。
「やっと笑ったじゃん」
嬉しさが滲み出た、子供みたいな無邪気な表情。
それは滅多に見れないタンタンの笑顔。
だからこそ、見るたびにドキリと心が奪われる。
今その笑顔をさせたのが自分だとわかっているから、なおさら。
「ん?なんか顔赤くなってない?」
蘇芳の手が秀麗の額へと伸びる。
秀麗は笑った。
普段あれだけ人の心を読むくせに、本気で不思議そうに尋ねる蘇芳がなんだか可笑しかった。
「………。…それ、たぶん夕日のせいだと思うわ」
「そ?」
照れた頬を夕日の色に隠す。
なんでも見透かす蘇芳の瞳に、どうか見破られないように。
「ま、具合もよさそうだし……。じゃあ行くか」
ほら、と額にあてられてていた手が秀麗の前に差し出される。
「へ?何処へ…?」
「海。行きたかったんだろ?
夕日見にビーチ散歩するのもいいじゃん」
差し出された手を秀麗は掴む。
「…ありがと、タンタン」
蘇芳の笑顔につられるように、秀麗は喜々とした笑みを浮かべた。
不意打ちの無邪気な笑顔
ドキドキするのは貴方だから
†了
