presented by ミカンズさま (orange juice showerマスター)
「あー……あっちぃ…」
さく、さく、とたらたらした足どりで踏み締める、砂浜の温度があつくって、タンタンは思わず何度目かわからない気温についての感想を口に上らせた。
「タンタンくん、そういうのは口に出しちゃあダメだよ。ほら、あっちの木陰まで我慢して」
隣を歩く男を、タンタンはちらりと見る。
相変わらず憎ったらしいくらいの男前だ。
こんなに暑いところなのに、汗もそんなにかかないで涼しそうな顔。
っていうか汗がベタベタしてなさそー。サラサラしてそー。さっきからちょっといい匂いもするし。
ドコのオーデトワレを使ってるのか後できかないと。
明らかにモテ香水だろ、こりゃ。
とかなんとか考えながら、タンタンはそろそろこの旅行を後悔し始めていた。
いや、後悔し始めたのは空港に集合して、タケノコ怪人に彼の荷物まで持たされたときからだっけ。
まぁいい、とにかく後悔していた。
マグレで受かった大学一年目の夏休み。
馬鹿に長い休みに、なんだかよくわからない縁があって(このへんは話し出すと長くなるから割愛する)知り合った人達に、グアム旅行に誘われた。
タンタンの弱みを握る(これも話せば長いので割愛)学部の一年先輩である鬼畜タケノコ怪人が、商店街の福引きでグアム旅行を当てたからだ。
彼は彼の愛するお嬢さまや弟、それに旦那様と来たかったらしいが、お嬢さまと弟はまだ高校生だ。
受験生でもある。ので、同行を断念。
で、大学の同期である楸瑛や絳攸、(下僕要員として)タンタンにお鉢がまわってきた、というわけだ。
タンタンは、件のタケノコ怪人…-静蘭という-に散々にこき使われ、リゾートであるにも関わらず、学校にいるときと変わらない心労を味わっていた。
だが今日は、静蘭と絳攸は、それぞれお嬢さまや弟や旦那様や養い親や教え子やらに土産を買う、と言って二人で免税店に連れ立って行ったのだった。
やっと魔王から解放されたタンタンと楸瑛は、喜び勇んでビーチへナンパに出たのだが、どうもうまくいかない。
「まったく。タンタンくんがもうちょっとやる気出してくれないと、上手くいくものもいかないよ」
まだぶつぶつと楸瑛は文句を零している。
「私がいくら女の子に声をかけたって、キミが盛り下げちゃあ後が続かない。ねえ、キミ、きいてる?」
「あー…ハイハイ。すんませんね-…」
タンタンはおざなりの返事をして、ビーチより少し高台の岩場にぽてん、と腰掛けた。
ちょうど木陰になっているし、人も少ないし、なんだかゆっくり休憩できそうだ。
「キミは無気力だなぁ、もう」」
作戦の練り直しだ!と意気込みながら隣に腰掛ける楸瑛を、タンタンはもう一度ちらりと見た。
だいたいナンパが上手く行かないのはこの男のせいなのだ、とタンタンは忌ま忌ましく考える。
女の子たちはだいたいが楸瑛目当てなのがミエミエだし、
自分が何を喋ったところで彼女たちがタンタンの言うことなど聞いちゃいないで熱っぽく楸瑛を見つめるものだから、
タンタンは途中でなんだかバカらしくなってきてしまった。
さらに悪いことに、とタンタンはギラギラとした太陽を仰ぐ。
さらに悪いことに、どんなもっちりボインな水着の女の子たちより、
この隣の男の方がキレイだ、ということにタンタンは気付いてしまったのだ。
引き締まった筋肉があるべきところに適切についた、無駄のない均整のとれた身体。
柔和な笑みを浮かべる魅力的で整った顔はうだるような暑さの中でも歪むことはなく、
にこりと笑う様は雑誌のモデルかよ、と思うくらい完成されたものだ。
今もなんとなく目が離せなくてじっと観察していると、
こめかみから流れた汗が、つうっとすっきりした頬を流れ、
鋭い顎を伝ってぽたり、と岩場に落ちた。
ばさり、と楸瑛が髪をかきあげる。
ヤベー。
タンタンはこくりと唾を飲んだ。
ヤベー。なんてせくしー!オレが女だったら抱かれてー。
そう思ったらなんだかムラムラとしてきた。
抱かれたい!この際、抱いちゃってもいい!
アタマが完全に茹だってるな、と自覚するが、茹だった脳みそは欲望に忠実にタンタンの身体を動かす。
岩場にがしり、と楸瑛を押さえつけて馬乗りになった。
「え… ちょ…えっ……タンタンくん?」
急に謎の暴挙に出たタンタンに、楸瑛は文字通り青天の霹靂である。
ゆらりと近付いてくるタンタンの虚ろな顔に、
今自分に迫る危機を感じた楸瑛は全力で抵抗し始めた。
いつもなら負けるはずないのに、
火事場の馬鹿力的なものを発揮するタンタンを、楸瑛は退けることができない。
「わ、ちょ、やめ!っやめなさい!タンタンくん!
い、言っとくけど、私にはそんな趣味はないからね!」
「いやいや、俺だってねーよ。
俺だってできたらやらかくて可愛いオンナノコとよろしくしたいし。
けど、しょーがねーじゃん」
何故か、タンタンは諦めたような顔で楸瑛の手首を握る力を強く、した。
「美味そーに、見えちゃったんだから」
ぐい、と唇と唇が触れそうになるが、なおも楸瑛は抵抗する。
「お、美味しくない!美味しくないぞ、私は!
断じてキミが思うような美味しさは持ち合わせてない!」
「ダイジョーブだって。あのタケノコ怪人と比べたらどんなんでも美味しく食べられる気がすっから」
「そりゃ静蘭よりは美味しいかもしれないけど!だ、ちょ、ダメだって!」
「楸瑛さん、あんたどうせいつもあのタケノコ怪人にいいようにされてんだろ。
今更オレにちょっとくらい味見されてもどってことねーじゃん」
「どうってことあるから!
ていうか、静蘭にいいようにされてるのはキミも同じじゃないか!
被害者の会じゃないか、私たち!
ねっ、やめようよ、こういうのは!」
「オッケー、じゃー被害者たちの傷の舐め合いってことで…」
今度こそタンタンは有無を言わせぬ全力でもって楸瑛を押さえ込み、熱い唇を重ねようと、した。
その時である。
「タンタンくん、君、何をしてるんです?」
魔王だ。
魔王のお帰りである。
観念して、楸瑛に馬乗りになったままで後ろを振り向くと、
これまたおキレイな顔の魔王がおキレイな笑顔を貼付けて腕組みで立っていた。
「…お…おかえりー…」
タンタンも精一杯、にこりと笑い返すが、上手く笑えてない気がする。
「タンタンくん?あれだけいつも言ってるでしょう?
ヘンなもの食べちゃお腹壊すからいけませんよって。
そんなモノ、やめておきなさい。
下手したら下して病院送りです。
外国で病院なんていくもんじゃありませんよ。
なんたって保険ききませんからね。そんなにお腹がすいたなら…」
つかつかと静蘭はタンタンに近付き、どす黒く笑った。
「もっと美味しいものをあげますからね」
「うわっ!?」
ぐいっとタンタンは静蘭に引っ張られ、そのままズルズルと砂浜を引きずられていく。
「まったく…君の悪食にも困ったものですね。
私が本当のグルメな味をしっかり教えてあげましょうね。
産地がいいだけのジャンクフードなんて食べてたら病気になりますよ」
「オレは、オレは、いまジャンクフードが食いてーの!!」
「はん、黙りなさい」
「いやだーーーーー!!×◎△▼□$%#!!!!!!」
声にならない叫びをあげながら引きずられていくタンタンを見送り、楸瑛はひっそりと涙を流していた。
「はっはっはっ。産地がいいだけのジャンクフードか。
静蘭も上手いこと言うな。それより楸瑛、これ見ろ。
秀麗への土産はこれでいいと思うか?」
「……………絳攸、キミ、頼むから消えてくれない?」
◆完◆