presented by ちぃさま (SpringTimeマスター)
突き抜けるような碧空に、その色を溶かし込んだかのような透明な水面。
燦々と降り注ぐ陽光は白い砂浜を一層白く輝かせ、きらきらした光のかけらをちりばめる。
まさに“碧の楽園”と呼ぶに相応しいその広大な景色の中、寄せては返す波打ち際を邵可はぼんやりと眺めていた。
少し離れた場所いる愛娘とその友人達が楽しそうな声を上げているのが波音に混ざりながら耳に届き、無意識のうちに頬が緩む。
最初は家族旅行のつもりで旅行計画を立てていたのが、いつの間にかこのような大所帯になってしまった。この顔ぶれをみると、どうやら自分は保護者役と呼ぶにふさわしい役どころのようだ。
家族水入らずの旅行も捨て難かったが、こうやってはしゃいでいる秀麗の姿を目にするとこの大人数の旅行にして正解だったと思う。
あとはここに彼女がいてくれたら―…
「のう邵可、リゾートとはどんなところじゃ?」
「………は?」
突然発せられた単語に邵可は目を丸くすること数拍、口から飛び出したのは疑問符のみだった。
ぽかんと口を開けたままの邵可の頭を薔君はぽかりと小突いた。
「リゾートじゃ、リゾート。物知りなそなたは知っておろう?妾はまだ一度も行ったことが無いのじゃ。」
少しむくれた顔も可愛いな、などとぼーっと見つめてるとまた頭を小突かれた。
そしてどこからか取り出してきた雑誌を目の前でぱさりと開く。そこには眩いばかりのリゾート写真がふんだんに使われたリゾート特集ページが広がっていた。
どうやら妻はこのページを見て“リゾート”などと言ってきたらしい。
「うーん、そうだなぁ…。私も実際には行ったことがないから詳しくは知らないよ。」
「なんじゃ、そなたも行ったことがないのか。」
「うん、あちこち旅行は行ったけどリゾート地は行ったことがなかったかな。あんまり興味がなくてねぇ…」
そうか…と呟いて薔君は少し俯いた顔に思案の表情を浮かべた。
「…もう少し経ったら皆で行きたいのう。秀麗と静蘭とそなたと妾と、家族4人で。」
そういってぱっと華やかな笑顔を邵可に向ける。
その瞬間彼女の背後に碧くきらきらしたリゾートの景色が見えた様な気がした。
「あぁ、それもいいかもしれないね。きっと秀麗も喜ぶと思うし。」
きみの水着姿も見たいしね、とつぶやくとまた頭をぽかりと小突かれた。
それまで興味のなかったものだったのに、急に行ってもいいかなと思えてしまったことに邵可は下がり気味の眦を更に下げた。
彼女の言葉一つで自分の世界は広がる。
これまでも、この先もきっと―…
世界ばかりではなく、邵可は自分の未来までもが広がったような気がした。
乾いた風に雨の香りを感じ、邵可ははっと我に返った。
どうやら日陰でぼんやりと海を見ているうちに昔の記憶に想いを馳せていたようだ。
リゾートの話をしていた薔君はリゾート地へ旅行する間も無く他界した。自分の隣に彼女はもう居ない。
しかし、何故か邵可は彼女がすぐそばに居るような気がしてならない。
ぽつり、ぽつりと砂浜に暗い丸が浮かび上がるや否や、シャワーの蛇口を全開にひねったような雨が降り注ぐ。
そう、南国ではお馴染みのスコールだ。
微かに遠雷も聞こえてくるような気がする。
「そうか…、きっと君はすぐそばに居るんだね。」
邵可は雨に濡れながら遠くの空を見上げる。その眼差しは目線の先には妻の姿があるかのようにとてもとても優しかった。
雨に濡れるたび、君をそばに感じるよ。幾度となく、いつまでも。
じきこの雨も止み、元のような碧の楽園が広がるだろう。
あのとき彼女の背後に見えたような、きらきらした色鮮やかな景色が―…
<了>