presented by ミカンズさま (orange juice showerマスター)
女の子というのは、ほんとうに難しいものだ。
影月は砂浜に寝そべって木の棒で「女」と書きながら、
ううむと眉を寄せた。
年上の可愛い彼女と付き合ってもう一年以上になるのに、
まだ手しかつないだこともない。
もちろんそれに不満があるわけではないが……
男としてはもう一歩上の段階に進みたい。
だけど、香鈴が影月とおんなじように感じているか、
なんて、影月には逆立ちしたってわからない。
ほんとうに、女の子って、難しい。
ほわほわ柔らかくて、ふんわりいい匂いがして、
クスクスよく笑って、それから…
そこまで考えたところで、ふっと頭上に陰ができて、上を見上げる。
大きな瞳とバチッと目があった。
「影月さま?何をしてらっしゃるのですか?」
「こ、こ、こ、香鈴さん!!」
慌ててババっと手で、書いた文字を掻き消す。
すくっと立ち上がって、砂をはたき落しながら、
影月はそのままぴしりと固まった。
か、かわいいですー……!
頬がカッとあつくなるのを自覚する。
茶州府の慰安旅行で来た沖縄旅行、
あまり暑いところが得意でない影月は、
はじめてこの旅行に来てよかっと心から喜んだ。
うすピンクのたっぷりとフリルのついたセパレートの水着。
普段見ることのない真っ白なすらりと長い手足に、
フリルのついたリボンがふわふわしている大きすぎず小さくもない、形のよいふっくらした胸元。
ぷくりと小さなかわいいお尻に、平らな白いお腹。
つやつやした黒髪はきゅっ、とちいさくおだんごにして
二つにウサギのゴムで括られている。
「…影月、さま?どうされましたの?」
小首を傾げるその仕草が嫌になるほど可愛くて、影月はくらくらした。
こ、こんな調子では
せっかく櫂瑜さまにご教授いただいた手練手管を実践するまで及ばない。
『女性は褒められて嬉しくない方はおられません。
しかし思ってもないことをわざと褒めても
女性にはすぐにわかってしまうもの。
感じたままを素直に褒めてご覧なさい』
ぎゅ、と影月は拳を握りしめる。
よく似合います、その水着。
香鈴さんの雰囲気にぴったりですねー、それからそれから…
「おお、よく似合っているではないか。ふむ、まるで妖精のようだな」
突然背後からかかった声に、影月はぎょっと驚く。
見れば、水着姿の龍蓮だった。
なんだがすごく格好よくて男らしい……
頭にヘンな飾りさえついていなければ。
香鈴はというと、ぽっと頬を朱くして、
龍蓮さまったら……
とかなんとか言いながら、満更でもなさそうだ。
これは……出遅れたかもしれません――
冷や汗をかきながら龍蓮を見る。
影月よりも頭一つ分……
いや、二つ分くらい高い身長に、引き締まった身体。
もうひと泳ぎしてきたのか、水がぽたぽたと滴っていて、
水も滴るなんとやら・・を地でいっている。
対する自分は……と考えて、本当に泣きそうになる。
なまっちろい貧弱な身体。
ど、どう考えても……完敗だ。
そう打ちひしがれている間に、もう龍蓮と香鈴は海に入っている。
「さあ! 影月! わたしの胸に飛び込んでこい!!」
「ちょっと!龍蓮さま!!
え、影月さまはあなたの胸になんか飛び込みませんわっ!!」
「ははん、何を言うのだ。影月は私を選ぶに決まってる」
「いいえ!わたくしに決まっております!」
二人とも両手を広げて影月が飛び込んでくるのを今か今かと待ちながら、
やかましく喧嘩している。
かわいい年上美少女とたくましい美丈夫にこんなに一度に迫られるなんて……
とんだモテ期だ。
だが美少女だけでよし。
櫂瑜さまの教えにこういうのもあった。
『据え膳食わぬは男の恥ですぞ。
出されたものは残さずお食べなされ』
ならば、ならば、飛び込んで来いといわれているのに飛び込まない手はない!!
影月はええいままよ! と砂浜をダッシュした。
バシャッと、足が水に入る。
一直線に香鈴の方へ向かうと、
香鈴がぱあっと笑顔を浮かべ、龍蓮が哀しそうな顔をする。
龍蓮さん、ごめんなさい――
……でも親友同士半裸で抱き合うより恋人と抱き合いたいんです……
「香鈴さ・・・!!」
そのときである。
突然足元を波にすくわれ、影月はコケそうになった。
や、やばいです~~!コケてしまいます!!
咄嗟に受身をとると、予想していた衝撃が、いつまでたってもこない。
おそるおそる目を開けると、
果たして影月は、龍蓮の逞しい胸に抱きとめられていた。
「そうか、そうか! 心の友よ!!
やはりお前は私でないと駄目なのだな!!」
がばっと抱きつかれてぐりぐりと頬に頭を擦り付けられる。
恐る恐る、香鈴をみると、香鈴は烈火のごとく怒っていた。
「こ、香鈴さ……」
「あなたのお気持ちはよーくわかりましたわ!
いつまでも龍蓮さまと仲良くされていればよろしいんですわ!」
「いえ!違うんです!」
「知りません!!」
えーと、えーと櫂瑜さま、こんなときはどうるんでしたっけ……
『女性を万が一怒らせてしまったときは、とにかく平謝りです。
でも、できるだけ褒めてご機嫌を直していただくこと』
そうです、そうでした、まずは平謝り!
「ごめんなさい!香鈴さん!でも違うんです!聞いてください!」
自分でもびっくりするような大声に、香鈴が目を丸くする。
周囲の視線が自分に集まる。
そして、褒める!!!
「僕は! 香鈴さんの、その大きすぎず小さすぎない
形のいいふっくらした胸に飛び込むつもりでした!!!!!
………あれ?」
「~~~~~~~!!!!サイッテーですわ!!!!」
白い砂浜に、バッチーン!という音が響いた。
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ざ、ざん、ざん、というやさしい波の音に、影月は目を覚ました。
白い壁に囲まれた部屋で白いベッドに寝かされている。
ふと横をみると、ベッドサイドで香鈴がシーツに突っ伏して眠っている。
髪をさらり、と撫でると、がば、と彼女は飛び起きた。
「え、影月さま!お加減はいかがですの?」
聞けば、どうやら香鈴から強烈なビンタをくらった影月は
そのまま熱中症で倒れてしまったらしい。
情けない。
ごめんなさい、櫂瑜さま。
皆がお金を払ってでも欲しい恋愛指南はまだ自分には早かったようです。
「まだ、痛まれますか……?」
心配そうに、そっと影月の頬に手をあてるその仕草に、
ドキリとした。
「本当に…ごめんなさい。
お詫びに、わたくし何でもひとつ、影月さまのわがままを聞きますわ」
そんな風に月影をみつめるものだから、期待しそうになってしまう。
ほんとうに、女の子って難しい。
「…じゃあ……」
かっこ悪い僕を見て、幻滅しなかった?
かわらず好きでいてくれる?
「キス…………して、いいですか」
「え、影…月さま……」
真っ赤になった彼女は俯いてしまう。
辛抱強く待つと、可愛いお団子は小さくこくり、と頷いた。
身を乗り出して、薄い肩をそっと押さえる。
かっこ悪くて間が悪くて身体も貧弱だけど、
あなたを一番好きなのは僕だって断言できます。
そう囁いて、彼女の桜貝のような唇に触れる刹那。
「キスしていいですか、なんて女性に聞くべきじゃないって、
櫂瑜さまに教わりませんでしたの?」
やっぱり、女の子は、むずかしい。
いつかわかるようになるのか、
それとも一生わからないものなのか。
でも彼女に一生悩まされるならそれも大歓迎かもしれない。
波の音と、潮の匂いが、やさしくって、くすぐったい。
■完■