きらきら

 presented by  揚羽蝶みついさま (飄飄飛舞マスター)

新雪のように輝く砂浜。
まるで昊を写したかのような、透き通るような蒼い海。
太陽はどこまでも高く、打ち寄せる波の音とともに小鳥の囀りも聞こえてくる。

この美しい地に秀麗は降り立った。
まるでリゾートのような地に。

目の前に広がる美しい景色になんら不満はない。

そう。
実は船で遭難して、無人島に流れ着いたという事実がなければ。


「はぁ…」


秀麗は盛大に溜息をついた。


「……なんでアンタはそんな楽しそうなのよ、龍蓮」


ジトッと同じく遭難した龍蓮を見れば、楽しそうに大振りの椰子の葉やら枝やらを集めている。
どうやら彼は順応が早いようで、せっせと家作りに勤しんでいるらしい。


「このような美しい島は見たことがない。
そう思わないか、秀麗?」


ウキウキと嬉しそうに龍蓮は答える。
秀麗はもう一度溜息をついた。


「それはまぁ、そうだけど……。
でも喜んでいられる状況じゃないでしょ!どう考えても!!」

「このように船が大破した今、助けを待つしか他にあるまい。
それなら今この時を楽しんだほうが得策と考える」


秀麗はむーっと押し黙った。
龍蓮のくせに、こういう時に限って最もなことを言う。


「まあどのみち一日二日は暮らす覚悟でいなきゃいけないだろうし……。
わかった。私は何か食べれる物がないか探してくるわ」

「無人島に流れ着いても君の菜にありつけるのはありがたい。
よし、私は簡易住居を完成させ次第、釣りにでも行くとしよう。食卓に焼き魚を沿えるとする」


くるりと秀麗に背を向けると、楽しそうに龍蓮は作業を続ける。


「…………。龍蓮ってどんな天変地異が起きても生きていけそうよね……」


何度目かの溜息とともに秀麗はぽつりと呟いた。


流れ着いてから二日たった。
なんだかんだ言って慣れるもので、不便ながらもどうにかして暮らしている。

心細く感じる時も、……まああるけれど、隣にいる男のせいでそれは払拭される。
龍蓮が隣でピーヒョラ笛を吹こうが、全く気にしなくなった。

今もこうして、大きな流木の上に腰掛けて、龍蓮の笛に耳を傾けながら海を眺めている。
高かった太陽は徐々に海の中に帰ろうとしていた。


「……もしかして、ずっとこのままだったりして」


何気なくポツリと呟いた秀麗の言葉が聞こえたのか、龍蓮はぴたりと笛を止めた。


「心配しなくても愚兄達が助けにくる。この島は無人島とはいえ、海図に載っているだろうからな」

「そりゃあ助けに来てくれるとは思ってるわよ?でもちょっとは不安になるわよ。
龍蓮はもしこのままだったらどうしよう、とか考えないわけ?」


龍蓮は手にしていた笛を下ろした。目線を海に向けたまま、ぽつりと答える。


「いや、考えない。仮に助けが来なくてこのままでも、私は別に構わない」

「へ?どうして?」


秀麗は呆気に取られた。さすが龍蓮、といったところだろうか。
確かに龍蓮なら自分でどうにかする術を持っていそうだ。

とつとつと、龍蓮は答えた。
遠くの海を見据えるように眺めながら。


「……心の友らと出会って、私の世界は変わった」


いきなりの脈絡ない言葉に秀麗は面食らった。
まったくもって意味不明だ。
けれど、龍蓮のいつにない真面目な顔に、秀麗は静かに言葉の続きを待つ。


「それだけでも私は幸せ者だった」

「……うん」


龍蓮の声とともに、波の打ち寄せる音だけが静かにに響く。


「私の世界はどんどん変わっていった。
見るもの全てが鮮やかに映って、色鮮やかに輝きだした。
話すことも、食べることも。何気ないことすら、愛おしい。
眠りに就く時も、私は幸福な心地で夢にいざなわれる……」

「…うん」


秀麗は龍蓮を見る。
海を見つめたままのその表情が柔らかな笑みを刻んでいる。
それは彼の言葉が心からのものであることを示すように。
自分は幸せなのだと。


龍蓮はふっと微笑むと秀麗を見た。
海に向けられた龍蓮の瞳が、今は秀麗だけを映す。


「それは、君を好きになってからだ、秀麗」


龍蓮は真っ直ぐに秀麗を見る。
秀麗の瞳を捕らえるのは、どこまでも優しい眼差し。


「何もなくても構わない。
君がいれば、それだけで私の世界は眩しい」


龍蓮の言葉に秀麗の顔がみるみる赤く染まっていく。
赤い顔のまま、なんとか返した言葉は弱々しい照れ隠しの言葉。


「ば、馬鹿ね。私だけじゃそんなに明るくならないわよ……」


龍蓮は笑った。
事象の予測とは違い、相手の心を測ることは困難を生じるが、今はよくわかる。
愛しい者の心を推し量ることの難しさも、愛しい者を前にしての己の心の機微への戸惑いも。
今はそれらがとても愛おしい。

龍蓮は秀麗の肩にそっと手を伸ばす。
抱きすくめるように、その肩を抱いた。
大切なものを離さないように優しく、そっと。
けれど、離さないように、ぎゅっと。

ぽつりと龍蓮は秀麗の耳元で言葉を紡ぐ。

そっと囁いた言葉は、彼にとってはじめての言葉。
それは龍蓮が自身の世界のまばゆさを認め、新たに育むための台詞。



「君が好きだ、秀麗」



太陽を抱き始めた海と、明るい空に現れ始めた星たちが、きらきらと龍蓮に微笑んだ。


 

 

世界が光を放ち始めた

それは、彼が彼女に恋をしてから

 

 


 

 

†了