セパレイト・ブルー

presented by  はっちさま (☆スピカ☆マスター)

 

  

どこまでも高く、吸い込まれるような青。
繰り返す波をいだく、深い青。

ふたつの青が交わるそのラインは、視界の端から端へと横切り、心を青で満たしてゆく。

広がる海の向こう、遥か南から吹きつける風が、燕青の収まりの悪い黒髪をさらう。
顔に受けるその風も、熱をはらんだ熱いものであったが、太陽の下で焦がされた肌には涼やかにも感じた。

夏の青。
夏の風。
吸い込む匂いもまた、夏のもの。

「―――えんせーい!早く戻ってきてー!ちょっと、私もう手一杯なんだけどー!」

遠くから飛んできた声に、燕青は笑って振り返った。

胸に吸い込むは、夏の匂い―――それは、焼きそばと焼きイカ、かき氷のシロップの匂いだった。


 【セパレイト・ブルー】


夏休みのバイトは何にしようかしら、と悩んでいた秀麗に、
その『美味しい話』を持ってきたのは燕青だった。

燕青は梅雨が終わると共に邵可邸にやってきた奇妙な客人で、
どうやら静蘭の古い友達らしい。
理由はよくわからないが、
何やらこの街で大切な用事を済ませたいので夏が終わるまで居候させて欲しいと言われ、
人の良い父は「静蘭の友達なら構わないよ」とふたつ返事で受けてしまった。


困っているみたいだし、宿にしてもらうのは秀麗だって構わない。
来たその日から、雨漏りの修理なんかしてくれたし、
とっても素敵なお客様だわ、と思う。

でも秀麗は家計を預かる身であるから、食費の面で不安は感じるのだった。
エンゲル係数が上がりまくる予感が、その日の夕飯の席からも立ち上る。

「お前、せめて食費は入れろ。でないと叩き出すからな」
「あっ、それはちゃんと考えてるから。美味しい話があんの」
「借金増やすのだけはやめろ」

古い友達らしい静蘭だが、芯から冷たい目をして言う。
仲が良いのか悪いのかよくわからないが、
静蘭が歯に衣きせぬ物言いをすること自体が珍しいから、
やっぱり仲良しなのね、と秀麗は理解した。


そうして、この青い海と空がある。

燕青が『考えてる』と言ったのは、海の家での短期バイトのことで、
その破格の時給に釣られて秀麗もそこで働き始めたのであった。


‡・‡・‡・‡


確かに時給はいいが、かなりの体力勝負だ。
朝も早くから電車とバスに揺られ海岸にやってくる。
それから下準備をして、昼休みも取れないくらいに働き続ける毎日だった。
ようやく一息つくのは夕暮れ時。

秀麗はともかく、静蘭も元々していたカフェのバイトを減らして、
一緒に海の家で働くようになっていた。
もちろんお目付け役のつもりなのだが、秀麗はそれは知らない。

「ごめんな、姫さん。ちょっと道草してた」
「出前ご苦労様。まあ燕青も遊びたいわよね。みんなこんなに楽しそうなんだもん」
「それは姫さんもだろ?もう半月も働いてんのにまだ一度も海入ってないし」
「ううん、私はいいのよ。海で遊ぶより、この時給の方が魅力的だし」
「あ……そ、そう」

燕青は、鉄板の上に豪快に焼きそばを広げながら苦笑した。
厨房はちょっとしたサウナのようだ。
秀麗は首に巻いたタオルで額に浮いた汗を拭い、かき氷を削っている。

「それに、売上がいいからってボーナスもついちゃったし!」

はは、と燕青は焼きそばを掻き混ぜながら乾いた笑いを浮かべた。

売上がいいのは、静蘭が接客しているからに他ならない。

若いお嬢さんから子連れのマダムまで。
綺麗な笑顔とリップサービスの見事さはただ者とは思えない。

「お前さぁ、ホストでもやった方が良くない?
あ、時々夜、バイトだって出ていくけど、あれってもしかしてそういうこと?」

と燕青がからかうと、ぎろりと睨まれた。
口は災いの元と言うし、もうその件に関しては触れないでおこう、
と燕青は背筋を寒くしながら肩を竦めたのだった。

……ともあれ、売上がいいことは素晴らしいことだ、うん。

「お嬢様、かき氷5つお願いします。イチゴ3つとメロンとレモン」
「はあい!まっかしといてっ!」
「それから焼きそば8つ。
さっき言ったのにまだ出来てないのか、とっとと出せ、このうすのろコメツキバッタ」
「はあい……、まかして……」

何だろう……この対応の差。

秀麗は燕青が「姫さん」と呼ぶと恥ずかしそうに
「そんなんじゃないわよー」なんて笑うが、静蘭の態度といったらまさにお姫様扱いだ。
最初はからかい気味にそう呼んでいたのが、いつの間にか定着してしまった。

働き者のお姫様は、額に汗をかきながら、かき氷を5つ、作り終えたようだった。

「はいっ!いっちょあがりっ!」

そう言って笑顔で運んで行く。

あ~、なんかいいなぁ。
ぼんやりそんなことを考えながら焼きそばを皿に盛っていると、
また静蘭の「うすのろコメツキバッタ!」という冷たい声が飛んできたのだった。


‡・‡・‡・‡


そんな毎日を送っていた邵可邸の若者達であったが、
ある朝、いつもの通り職場へ赴くと、雰囲気が違った。
オーナーの景柚梨が困ったような顔をして厨房に佇んでいたのだ。

「あ~、燕青君に秀麗さん、お疲れ様です」
「どうかしたんですか?」
「それが……冷蔵庫がですね、壊れてしまったようでして……
今業者に連絡したら夕方にならないと来れないそうなんです。
ちょっと今日は営業にならないですね……」
「じゃあ今日はお休み……?」
「すみません、せっかく来て頂いたのに」
「まあ仕方ないよな。じゃ、今日は海で遊ぶか!ただ来ただけも何だし!」

柚梨が申し訳なさそうに頭を下げるので、燕青は明るい声を出した。

「うん。そうね、たまには……」

もう海水浴シーズンも終わりに近い。
だが今日は晴天で気温も上がりそうだし、格好の海日和に思えた。

「あ、でも私、水着も持ってないのよね」
「いいじゃん、その辺で買えば」
「じゃあ、お二人の水着はうちの店にあるものを差し上げますよ。好きなものを着て下さい」
「そんな、申し訳ないです」
「いえいえ、いつも頑張ってもらってますからそのくらい……」

秀麗は断ったが、結局柚梨の人の良い笑顔に甘えることになった。
しかもボートだの浮輪だのまで貸してもらった。

「あらら。似合うじゃないの?姫さん」
「からかわないでよ、燕青」

水着を選んでいた時は、胸が小さいから恥ずかしいだの、
足が短いから似合わないだの、ぶつぶつ言っていた秀麗だったが、なかなかどうして。
すらりとした足と細い腰を晒す、赤いチェックの柄のビキニ姿は健康的で可愛らしい。

「え、燕青は何で……そんな水着にしたのよっ」
「ん? 泳ぎやすいし」

燕青が身につけているのはビキニパンツの水着だった。
目のやり場をなくしたらしい秀麗の視線が泳ぎまくっている。

「はっは~、俺の完璧な肉体に魅了されたな?」
「す、するわけないでしょっ! 何だか恥ずかしいからこれ着て!」

渡されたのはアロハシャツだった。
着なければ別行動!みたいな雰囲気だったので、燕青は無言でそれを羽織る。

「……泳げなくない?これじゃ」
「泳ぐ時は脱いでいいけど。と、とりあえず着てて……」

頬を真っ赤にして秀麗が言うのがまた可愛らしくて、
燕青は笑ったが、この場に静蘭がいないことを心の中で感謝した。
多分、静蘭がいたら完全に別行動、というか、まず秀麗の水着姿も拝めなかったろう。

静蘭は午前中はいつものバイトが入っていて、
こちらに来るのは午後遅い時間からの予定だった。
海の家のバイトが休みになったという連絡と、
たまにはみんなで遊ぼうと誘いの言葉をメールしておいた。

多分、静蘭は慌ててやって来るだろう。
ふたりきりにしておけるか、みたいな勢いで。
カフェのバイトは早退してきかねない。

静蘭がメールを見て、顔色を変える姿が容易に想像できて、燕青は苦笑した。

まあ……なんつーか、妹みたいな感じなんだけどなぁ。

心の中で言い訳をして、燕青は秀麗の手を取る。

「ほらじゃあもう行こうぜ。ボート漕ぐからさ、島まで行ってみる?」
「……うん!」

秀麗は突然手を繋がれてびくりと体を震わせたが、すぐににこりと笑った。

―――兄貴みたいなもんだろ、俺だって。

静蘭が心配するようなことは絶対に起きないと思うのだが、
まあそれだって楽しいからいいな、と燕青は秀麗の手を引いて波打際へ走った。


‡・‡・‡・‡


海の家がある海水浴場から見えるところに小さな島があった。
ぐるりと周囲を歩いても10分もかからなそうな、無人の島だ。
借り物のボートにちょっとした食べ物なんかを積んで、燕青はその島へ漕ぎ出した。

海岸線は海水浴客でごった返しているが、
島は静かでまるでプライベートビーチのようだった。
二人は日頃の忙しさ忘れ、波打際ではしゃいだり、木陰でのんびりして過ごす。

「静蘭、もう着く頃かしら。そろそろ戻る?」
「そうだなー、行くか」

木の下で遅い昼食を摂り終えると、秀麗はそわそわした様子で立ち上がった。
二人でボートを繋いである場所へ戻る。
先に乗り込もうとした秀麗が船縁に手をかけてそのまま固まった。

「どした?」
「……ボート、浸水してる」
「えっ!?マジ?」

秀麗の肩越し覗き込むと、確かにボートは半分程海水に浸かっていた。

「穴が空いてたのかしら……気づかなかったわ。これじゃ、帰るの無理よね?」
「んー、補修しようにも道具もないからなぁ。
……ちょっと待ってて、姫さん。俺泳いで行って新しい船借りてくるわ」
「えっ、ちょっと燕青、無理よ!」
「大丈夫。俺泳ぐの得意だし」

そのまま海へ向かう燕青のアロハシャツの裾を、秀麗が強く引いた。

「ボートでここに来た時も結構潮が早いって燕青言ってたじゃない。
それにもうクラゲがいるなって。刺されたら危ないわよ。
もし溺れたらどうするの!?携帯は?静蘭に電話してみたら?」
「……濡れたらヤバイと思って置いてきちゃったんだよ、
すまん、姫さん。俺行ってくるからさ、待ってて」
「駄目。そんなことさせられない。絶対嫌」

秀麗はますますシャツを掴む手の力を強めてきた。
口をへの字にして、眉間に力が入っている。
こういうときの秀麗はテコでも動かないことを、
短い付き合いの燕青ももうわかっていた。
それに秀麗のいうことは確かな事実だった。

「ね、静蘭には何てメールしたの?」
「バイトが休みになったことと遊ぼうぜってだけ。島に行くなんて書いてない」
「……でも多分、静蘭ならわかってくれると思う。
きっと助けに来てくれる。だから待ってましょ?」

それは確信を持ったような口調だった。
秀麗が言うと、確かにそうなりそうな気がしてきた。

静蘭に世話をかけるのも何だか落ち着かない気分だったが、
秀麗に何かあったらさらに顔向けできないことになる。
自分が溺れるのは自業自得だか、そうしたら秀麗はひとりで島に残されるのだから。

燕青は頷いて砂浜に戻った。

「わかった。じゃあ静蘭を待つことにするか」

どっちにしても嫌味を言われる程度じゃすまないだろうなーと思いながら、
燕青は熱い砂に腰を下ろす。
焦っていたという程ではないが、そう決まれば何だか気分がすっきりした。

無人島漂着、などと言う程大袈裟な話でもない。
海岸まで高々5~6キロといったところだろう。
いざとなったら秀麗を振り切ってでも泳げば済む話だ。
まあ、しばらく漂流ごっこをするのもいいだろう。

秀麗は食料の確保でもしましょ、と秀麗は潮干狩りなぞ始めた。
それを見た燕青も、山に分け入って食べられそうな実なんかを探すことにしてみた。

それから、誰か気づいてくれないか、と焚火なんかも焚いてみる。
火は燕青が四苦八苦しながら何とか熾こした。

そうこうしているうちに、陽は落ち、空に星が瞬き始める。
薄闇に燃える焚火を見ていると、どうも苦い笑いが零れてしまう。

まさに『漂流ごっこ』だ。

「夜なら火も目立つだろうし、誰か気づいてくれないかしら……」
「う~ん、キャンプでもしてると思われるだけかもなぁ」
「そうよね……この状況じゃあね」

秀麗が採った大振りの蛤を火で炙って夕飯にするところだった。
ボートに残っていたお菓子だの、
燕青が採ってきた野生の瓜みたいな実だのも広げられ、
一見すれば確かにキャンプだ。

「静蘭、心配してるかしら。あ、でも燕青が一緒だから少しは安心してくれてるかも」
「……いや、それは、どっちかっていうと逆効果かも」
「え?」
「いやいや、まあ、うん。心配してるだろーなー、と」
「そうよね……」

しゅん、と俯いてしまった秀麗の前に、
燕青はボートに積んであったクーラーボックスをどん、と置いた。

「ま、悩んでも仕方ないし!ほら、これで元気出そうぜ!」
「何、これ?」

秀麗が不思議そうな顔でボックスを開くと、中には缶ビールが詰まっていた。
キンキンに、とはいかないが、半日経った今でもそこそこ冷たい。

「ほら、まあ、一杯」
「準備がいいのね……」

プルトップの蓋を開けて差し出すと、秀麗は笑って受け取った。
とりあえず一杯。
苦味が渇いた喉に沁みる。
秀麗もなかなかイケるクチらしく
こくこくと気持ちのよい音をたてながら飲み干していた。

見上げれば瞬く無数の星。
無人島だけど別にひとりじゃない。
酒が体に入れば何となく楽しい気分にもなってくる。

「……この前観た映画みたい」

空になったビールの缶が砂に何本も埋まった頃、
秀麗が幾分酔ったような声でそう言った。

「ん?何?」
「この前やってたでしょ?海賊のやつ」

数日前、テレビで放映していた海賊映画のことらしい。
確かに秀麗は、居間のテーブルで学校の課題をしながら観ていた。
床に転がって何となく眺めていた燕青だったが、
どのシーンのことを言っているのかピンとこなかった。

「どんなシーンだっけ?」
「ジャックがね、エリザベスと無人島に置き去りにされちゃうのよ。
こんな島じゃなくて、カリブ海の真ん中の無人島」

確か、ジャックというのは海賊だ。
エリザベスは……ヒロインだったろうか?

「ジャックはね、昔もその島に置き去りにされたけど、
生きて戻ってきたの。
でもそれは、密貿易をしてた商人が島にお酒を隠していてね、
その船で脱出したっていうカラクリなの。
島にはまだラム酒が残っているんだけど、商人はもう捕まってていない」
「で? 海賊と、ヒロインはどうしたわけ?」

燕青が尋ねると、秀麗は缶ビールを片手に立ち上がった。
焚火の明かりが、秀麗のすらりとした足を照らす。

「二人はヤケになってお酒を呑んで、焚火の周りで歌って踊るの
―――こうやって!」

秀麗は酔って顔を赤くしながら、焚火の周りで変なステップを踏んだ。
海賊の歌まで歌い出す。
燕青もビールの残りを飲み干すと、
秀麗の手を取って変てこりんな踊りに付き合った。

くるくると回ると、夜空も焚火も回る。
二人の影も歌声も回った。

「燕青って海賊みたい!」
「はぁ!?」
「いつも自由な感じがするもの!」
「ははは、海賊かぁ!」

いつも家計のことを案じて、海で遊ぶより仕事優先の秀麗が、
無邪気に笑いながら、くるくる踊っている姿は何だかとても可愛らしい。

燕青も楽しくなって手を叩いて笑う。

くるくるくるくる回って、いつしか二人は笑いながら砂に倒れ込んだ。

頭の芯がまだ回っているみたいだった。
見上げた星座がまたくるくる回り、
潮騒と海の香り、砂に残った熱が、燕青の周囲で新たに回っていく。

隣に秀麗が寝転んで、一緒に星を見上げているのがおかしくてたまらなかった。

この時間は、自分の人生にはないはずの時間だった。
年下の、こんな妹のようなお姫様と出会うことも。
こうして無人島で二人きりで踊ったりすることも。

「―――で?二人は結ばれるわけ?」
「な、なんで?」
「映画って、そーゆーもんじゃないの?」

秀麗が笑う気配がしたけれど、燕青は星空が目を離さずにいた。
秀麗もそうだろう。
きっと自分の方は見ていない。

「そんなわけないわ。
ジャックは自由を愛する海賊で、エリザベスは領主の娘、お嬢様だもの。
それにエリザベスには愛する人がいるのよ」
「ふうん、お姫様には王子様?」
「ううん、鍛冶職人」
「身分違い?」
「そうね」

無人島にふたりきりだけど、
隣に寝そべっているけれど、
同じ星空を見ているけれど。

「見目が良くて優しくて、姫さんを大切にしてくれる職人?」
「ん……そう、ウィルはエリザベスの王子様なのかもしれないわね……」

―――『燕青って海賊みたい』

秀麗の楽しそうな笑顔と言葉が星空に回った。
少し呑み過ぎたかもしれない。
燕青は軽い眩暈を感じて目を閉じた。

秀麗も眠そうな声をしている。

「ね、燕青、夏が終わったら、帰っちゃうの? 大切な用事が終わったら……」
「そうだなぁ……海賊だからなぁ」
「あははっ、そうよね」

秀麗は燕青を止めようとはしない。
そして、悲しそうでもなかったし、残念そうでもなかった。
それが何だか嬉しいような気がするのが不思議だった。

回る混濁した意識の中に、秀麗の微かな歌声が吸い込まれていった。


‡・‡・‡・‡


ゆらゆらと体が優しく揺すられる。
目を開くと光が眩しくて、ひどく喉が渇いていた。

「燕青、起きて!船、船!ほらっこっちに向かってきてるの!」

先に起きて、海岸の方を見ていたらしい秀麗が、波打際に走り、
足首を波につけてぴょんぴょんと跳ねていた。

「静蘭かしら?」
「多分そうだろうなー」

多分、静蘭は昨日の夜には、この島に二人がいると見当をつけたろう。
だが、夜の海にボートで漕ぎ出す危険を考慮して朝を待ったに違いない。

ありがたいことだが、一発二発殴られるのは覚悟しないとな、と苦笑しながら、
起き上がり、燕青も波打際に足を浸した。

船は朝陽をきらきらと反射させながら、ゆっくり近づいてくる。
燕青はそこから目を離し、水平線を見つめた。

どこまでも高く、吸い込まれるような青。
繰り返す波をいだく、深い青。
ふたつの青が交わるそのライン。
それはきっと、自分と彼らを隔てるラインなのだ。

居心地が良かったこの夏の住家。
姫さんの隣、静蘭の隣。
夏の匂い、海の風。

『燕青って海賊みたい』―――姫さんの笑い声。
『うすのろコメツキバッタ!』―――静蘭の怒声。

楽しくてたまらない、短い夏。

同じ青なのに、どこか違う。
重なりあっていても、溶け合えないそのライン。
隣に立って、声を聞くだけ。
笑顔を見るだけ。
でもそれでいい、と燕青は水平線を見ながら思った。

溶け合えないラインはそのままだけど、
いつもその青は隣合わせに存在するのだから。

静蘭に殴られたら謝って、みんなで家に帰ろう。

夏は終わる。
でも来年も再来年もまた繰り返し夏は巡り来るし、
水平線は変わらずそこにあるのだから。

「せーらーん!」

秀麗が笑顔で手を振る。
夏の終わりなど知らないような笑顔で。

「さあて、海賊はまた海に戻りますか……」

燕青は水平線を見つめたまま小さく呟き、
秀麗の明るい笑顔を胸に閉じ込め、笑った。




END.