小さな幸せのお話

2011年新年企画
突然リクエスト募集 よこさまよりいただいた「邵可さま」
よこさま、よろしければお持ち帰りくださいませ。




小さな幸せのお話

「これ邵可、そのようにだらだらとするでない」

形の良い赤い唇を歪ませて不満そうにする妻の声に、
邵可はゆっくりと身を起こす。年が明けて三日目の昼の事。
 
確かに昼日中から長椅子に横たわっているのは、誉められた話ではないけれど、
妻の言葉はけして礼儀云々が理由ではないことは分かっている。
彼女はただ、一人で飲むのに飽いたのだ。
その証拠に邵可が起き上ったのを見るや否や、
嬉しげに手にした盃を差し出している。
 
断る理由もなかったから、そのまま受け取ると、
極上の笑みで並々と酒を注がれる。

秀でて美しい女人の事を傾国と言うが、
妻の場合はその美しさとは別のところで国を傾けかねない事を知っている。
いや、それを言うならば、自分自身こそが傾国だろうか。
彼女が自らの持つ永遠に限りなく近い時間をかけてまで守ろうとしたものを、
いとも容易く壊してしまおうとしたのはほかならぬ自分だ。
 
自分でも、意外だった。
兄弟を守りたい、一族を守りたいと思って家を出て、
それから数え切れないほどの命を奪ってきた。
心が痛んだことがないと言えば嘘になるけれど、
そのうちにそんな自分に慣れてしまったのも本当の事。

自分自身が生きているのかさえ、分からなくなっていたあの頃。
 
あの人の仇を取りたいと思った。
それはおそらく、家を出て初めて、自らの内から湧き出た感情。
自らの内にまだ、感情やら執着やらの人間らしいものが残っていることに驚いていた。
そんな思いに気付いてまもなく、恋をした。
 
彼女に言われるまでもない。
とんだとんまな話である。
標的に恋をした凶手など、笑い話にしかならない。

ましてや、ただ一人姉とも思っていた人が、
自らの全てをかけて守ろうとしたものをあっさりと犠牲にすることを選ぶなどと。
あの人が見たら、悲しむだろうか? 

いやきっと、彼女は笑うだろう。
「カイ、子どもは子どもらしくいればいいんだよ」
そう言って、ちょっと強すぎるくらいの力で背中を叩いて、
心からの笑顔をくれるだろう。
誰よりも子どもらしくいさせてくれようとしたあの人の前でだけ、
誰よりも子どもで居られなかったのは皮肉な話。

「あの女の事を考えておるの」
ふと気づけば、妻の美しい顔が触れそうなほどの距離にある。
 
そっと口付けをしようとしたけれど、あっさりとかわされてしまった。
それどころか、「妾に隠し事ができると思うたら大間違いじゃ」と笑われる。

全く、年季の違いとはいえ、少しも恰好をつけさせてもらえない。
それでも妻になってくれて、こうして傍にいてくれるのだから、
そんなことを気にする必要など無いのかもしれないけれど。
そう思っていても尚、愛する人の心をつなぎ止めたいと必死なのだから、
本当に愛を知った人間は本当に滑稽で弱いものである。

「のう、邵可。
そなたはの、自分も周りも気づいていなかっただけで、
最初からとんまでまぬけだったのじゃ」

「なんだい? もうちょっと夫の事を誉めてくれたっていいじゃないか」
無駄と知りつつも、抗議の言葉を返さずにはいられない。

けれど、妻は、美しい顔に美しい笑顔を浮かべて上機嫌だ。
「誉めておるのじゃよ。
そのまぬけなままに、ようもこれほど上手く生きてきたものじゃ」
「……聞けば聞くほど、なんだか傷つくよ」
半分以上は諦めながらも、それでも言わずにはいられなくて。

けれど、妻はほほっと得意げに笑う。
「妾を前にしていながら、ほかのおなごの事を考えておった罰じゃ」
本心とも冗談ともとれる言葉。

自分でも相当に重症だと思うけれど、
今みたいに悪戯を仕掛けてくる彼女は、飛びぬけて可愛らしい。
遥か悠久の時を生きてきたことなど微塵も感じさせない。
彼女にとっては瞬きをする程の時間であっても、
確かに彼女の意志でそれを自分のために分けてくれたと思うと、それだけで幸せになる。
 
仕返しとお礼と、そのどっちなのか自らも判じかねるままに邵可は手を伸ばし、
妻を腕の中に抱きとめてそのまま長椅子に横になる。
 
さすがの彼女もこれは予想できなかったのか、
「なんじゃ突然、離せ!」と手足をばたつかせるけれど、
そんなことで離してなんてやるつもりもない。

(他の事なんて考えられないように、君がしてくれればいいよ)
(な、なんじゃ……。教育上、よ、良くないじゃろう?)
(両親が仲良くしているのは、子どもにとって良いことだと思うけど)
(やはりそなたはとんまじゃ……)
(何でもいいよ、君がいてくれるなら)



【了】



そのころの静蘭さん
「せいらぁ、とうさまとかあさまはぁ?」
「……お嬢様、私がおりますよ」(旦那様、奥様! お嬢様が探しています)
THE貧乏くじはこのころから健在(笑)

今までは黎深との対比もあって「いいパパ」の邵可さまを書く事が多かったけれど
ちょっとやんちゃな邵可さまにしたかったのですが……
ムズカシイですね