Sweet Impact
久方ぶりに秀麗の姿を見た。
思わず絳攸は息をのむ。
小柄な体、黒い艶やかな髪、意志の強い瞳。
何も、変わってなどいない。
しかし何もかもが違いすぎる。
それが、身につけた衣のせいでも、丁寧に結いあげられた髪のせいでもないことは明らかだ。
女嫌いといわれる自分だが、美醜についての感覚は、人並みには持ち合わせている。
ただ、見目麗しいからと言って、それが心根の美しさとは必ずしも一致しないということを知っているだけだ。
最年少国試主席及第果たしたばかりのころ、自分の周りに押し寄せた姫君たち。
彼女たちの瞳は、見えるものしか映さない。
家柄・権勢・出世の確実性。そんなものばかり追いかける女どもに嫌気がさした。
目先のことしか見ず、すぐに感情的になるそんな生き物をどう扱っていいかわからなかった。
けれど、秀麗は違った。
市井にありながら、政を行うものに必要とされる感覚を持っている。
女人の身では、国試に合格どころか、受験すらも認められていないこの国で、それでも腐ることもなく、まっすぐ前だけを見て歩く少女。
女として見ていない、弟子のようなものだ、その言葉に嘘はない。
彼女は、他の女性とは違う。同じに見られるわけがない。
出会ったときから彼女は、自分の中で特別だったのだ。
まるで最初からそこが彼女のために用意されていたかのように自然に、秀麗は絳攸の心の中に入ってきた。
女人国試が実施されることが決まり、見事に探花及第を果たし、進士の研修で厳しい課題が課され。
彼女の前に開かれた道は、いつも細く険しかった。
それでも涙の一つもこぼさずに、前を向いていた。
その視線の先に、自分がいることを誇らしく思っていた。
はやく追いつけ、上がって来い、そう思っていた。
今日、久方ぶりに彼女を見て、初めてその思いを少しだけ後悔した。
顔の造作など何も変わりがないはずなのに、秀麗は美しくなりすぎた。
その輝きは、いつも自分の掌中にあり、自分だけが知っていたはずだったのに。
これでは、皆に知られてしまう。
彼女の美しさに。そして例外なく惹きつけられる。
「こんなことなら、勉強など教えなければ、良かったのかもしれないな。」
思わずこぼれおちた言葉に、隣に並んだ腐れ縁の男が反応する。
「そうして、閉じ込めて、自分だけのものにてしまえたらって?だけど、彼女は、」
「あぁ分かっているさ。籠の鳥になるようなやつじゃない。そんな秀麗は秀麗じゃないって事もな。」
「それでも、尚、希うのが恋心というものだけどね。漸く君とこんな話ができるようになってうれしいよ。」
「おれは嬉しくない。」
お前と一緒にするなとそっぽを向いた友人に、少し笑いながら問う。
「伝えないの?今伝えなければ、すぐに、茶州に帰ってしまうよ。」
「今はまだ、時期じゃない。
今は州牧として抱えていることで相当疲れているはずだ。そのうえこんなことで困らせることはできないからな。」
困るはずがない。
楸瑛は知っている。秀麗がこの友を見る瞳に、師弟を超えた熱がこもっていることを。
だからこそ、絳攸も同じ気持ちと知れば、それは彼女がこれから赴く戦いにおいて、強い支えになるであろうということも。
だが、これは、当人同士の問題なのだ。
代わりに少しだけ、意地悪なことをいう。
「秀麗どのは、いい男を引き寄せる何かを持っているから、そんなに余裕でいいのかな?」
帰ってきた答えは、意外なものだった。
「それで秀麗が幸せなら、いいだろ。幸せじゃなかったら、その時は許さないけどな。」
恋を知らないと思っていた友人が、その実愛は知っていたことに驚かされる。
「振られたら、やけ酒に付き合ってあげるから、大丈夫だよ。」
そんな日が来ることはないことを知っているからこそ、言える言葉。
不吉なことをいうなと少し怒った様子の友人に、楸瑛はもう一度笑ったのだった。
あとがき、という名の言い訳
タイトルでらぶらぶ李姫を期待された方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。
もうとっくに芽生えていた秀麗への心を自覚した絳攸のSweet Impactです。
玖琅さま、いまならイケます。そんな感じで。
今回の絳攸はうだうだ悩んでいませんね。
うだうだ絳攸は小鈴の大好物なのですが、たまには大人の男の魅力をもった絳攸もいいかなと思って書きました。
けしてヘタレで告白できないのではないですよ、見守る愛なのです。
だからキャラ紹介で窓際官吏?って書くのやめてあげてください。
2010年4月12日追記
さまへ、相互記念に婿入り。