1. 優しくしないで
「少し作りすぎてしまったので、もしよろしければ、手伝っていただけますか?」
そう言って差し出されたのは、かわいらしい巾着。
中身は分かっている。それでも聞くのもいつも通りのこと。
「焼き菓子か?」
「はい。調子に乗って、また作りすぎてしまいました。」
そうやって少し首を傾げて笑う姿もいつものもの。
けれど、知っている。
彼女は嘘をついている。
作りすぎてしまったと言って渡される菓子。
それがいつも決まって日持ちのするものであること。
そして以前の分がなくなったころに、また渡される新たな菓子。
第一、家計にうるさい彼女がそう何度も何度も作りすぎたりするものか。
彼女は知っているのだ。
吏部がいかに多忙で、食事すらも取れないこともざらだということを。
だからこれは、彼女なりの非常食。
日持ちがして、片手で食べることができて、周りが汚れない。
忙しい中でも少しでも食べることができるようにとの彼女の気遣い。
そういう人なのだと、知っている。
困っているものを、それと知りながら放っておくなど出来ぬ人。
そんなところも彼女の魅力だが。
正直今の自分には、腹立たしい。
この優しさが、自分だけに向けられるのもの勘違いしてしまいそうになるから。
自分を見上げる彼女の瞳は確かに親しみのこもったもの。
けれど、違う。
師として導きを求められることはあっても、一人の男として自分を求めることはない。
そんなことに苛立つ自分を、気遣ってかけられた言葉。
「…お仕事、あまり無理をなさいませんように。」
…、ちがう、だから、そうじゃない。
いっそ優しさなど見せないでくれれば楽なのに。
君の優しさは、とても残酷。
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