片恋ゆえに拒否
2. 触らないで
いつもの食事会の後のいつもの勉強の時間。
この時間を心待ちにしている理由は、
宮廷随一の才人と呼ばれる彼に教えを乞える機会というだけではない。
相手が彼でなければ生まれないこの胸の高鳴り。
しかし、彼にそのことを悟られるわけにはいかない。
潔癖な彼のこと、そんな思いを知られたならば、神聖な学問の時間にと軽蔑されかねない。
それだけは避けたいから、この思いは最上級の秘密。
手元の文字を追うことに没頭しているその時、ふとある感触で我に帰った。
背中に流しただけの髪に、長い指をからませているその人は。
「……、こ、絳攸さま?なな、なにをなさって…」
声は裏返り、頬には朱が差していることは自覚できる。
しかしだからと言って止められるものでもない。
無意識の行動だったのか、声をかけたことで彼もまた驚いたように、絡めていた指を離した。
自由を得た毛先がくるくると舞い、そして背中へと落ちる。
それが少しだけ残念で、そして安心した。
髪の先とはいえ、触れられてしまえば、そこから自分の思いが漏れ伝わってしまうような気がして。
「すすす、すまん。綺麗だったから、つい。あ、髪が、よく似ていると。いや。」
常に冷静な彼らしくなく何だか落着きがないようだ。
だが、彼の言葉が気になった。
よく似ているとは髪のことだろうか?
急に心が深い谷に落とされたようになった。
自分と似た髪を持つ相手とは誰だろう。
それが、彼が思いを寄せる女人なのだろうか。
髪に触れることもできないような相手なら片恋か?
片恋をしている彼に片恋をしている自分。交差することのない思い。
彼の幸せを願うなら、彼の恋の成就を願うべき。
しかし、そのことを思うと引き裂かれそうに痛む心。
そんなことを考えていたら、声をかけられた。
「どうした、秀麗?疲れたか?」
そうして励ますように撫でられた頭。意識する前に体が強ばってしまった。
それを見た絳攸の表情が曇る。
「すまん、馴れ馴れしかったか。」
「いえ、びっくりしてしまっただけです。」
触れられた掌を通じて、自分の醜い心が伝わってしまうかと思ったのだが、
そんなことは彼には言えない。
彼の温かい掌が好き。まるで彼そのもののようだから。
でも、触れないで。誰かのかわりなら、触れないで。