幾望 4
 
 
 
 
一度は言い澱んだ絳攸だったが、意を決したように言葉を発する。
 
「本当に楸瑛を好いているのか?」
 
この人はなんて残酷なのだろう、秀麗はそう思った。
 
それを聞いてどうするつもりなのかは知らないが、今の秀麗に取ってこれほど残酷な問いもない。
 
ただ、その種をまいたのは自分自身。その自覚は確かにある。
 
「お答えする前に一つ教えていただきたいことがございます。
 
私(わたくし)が楸瑛様をお慕いしているかどうか、そうしてそのようなことをお聞きになるのですか?
 
このような小娘に楸瑛様が誑かされると御心配ですか?」
 
「何を言っている。俺が心配しているのは、秀麗、お前のことだ。」
 
オレガシンパイシテイルノハシュウレイオマエノコトダ?
 
一瞬異国の言葉でも話しかけられたかのように、意味がわからなかった。ゆっくりと反芻する。
 
「絳攸さまが、私を、心配?」
 
「ああ、そうだ。俺の知っている紅秀麗という女人は、元気で明るく、気が利いてかわいらしい女人だ。
 
だが、最近のお前はちがう。恋人と言って楸瑛に寄り添いながら、その目に今までのような覇気が無い。
 
輝くような強い瞳をもった、…俺の好きになった紅秀麗はどこに行った?だから、心配なんだ。」
 
今、何か聞き逃せない重大な言葉が含まれていたような気がする。
 
しかし、それを発したはずの絳攸がしゃべり続けているので、確かめることができなかった。
 
「楸瑛とは腐れ縁だから、あいつのことはよく知っているつもりだ。
 
あいつはあの通り常春だが、隣にいる女人を悲しませるようなことだけは絶対にしてこなかった。
 
たとえ仮初めの夢でも、きちんと笑顔にさせてやる、そんな男だ。
 
それはよく知っている。それなのに、何故、おまえだけそんな顔をする?
 
あいつならと俺はお前を諦めたんだ。それなのに、お前がそんな顔をしていては、諦めることなどできない。
 
楸瑛という存在がいるとわかっていながら、俺のこの手で抱きしめてしまいたくなる。
 
だから、お前がどれほどの思いで楸瑛を好いているのか知りたいのだ。」
 
 
 困ったことになった、と秀麗は思った。何と答えたものだろう。
 
自分が真実慕っているのは絳攸のみ。
 
その恋情がかなうことはないと思ったからこそ、楸瑛の提案した恋人ごっこに乗ったのだ。
 
だが、今の話ではまるで、絳攸も秀麗のことを好いているようではないか。
 
もしそうなら、嬉しいと思う。
 
けれど、その場合、思う相手が他にいながら、淫らな行為に耽ろうとした節操のない女ということになる。
 
事実とはいえ、それを絳攸に知られることも、できれば避けたい。
 
そう思いなかなか口を開くことができない秀麗に代わり、別の声が絳攸の声にこたえた。
 
「絳攸、きみにそれを問う資格はあるの?今まで何度も機会がありながら、ただ、見ていただけの君に。
 
秀麗殿が現実に他の男のものになるとわかって今更のこのこと出てきても、
 
それがかえって秀麗殿を苦しめるとは思わないのかい?」
 
いつの間にか扉側から戻ってきた楸瑛がさらに言い募る。
 
「私なら秀麗殿を幸せにしてあげるよ。
 
大切に、大切に、毎夜これ以上ないほど愛してあげる。そうしたら君は満足なのかい?」
 
挑発的な楸瑛の言葉に絳攸は激高したようだ。
 
楸瑛!と叫んで殴りかかるが、二人の身体能力の差は明らかで、楸瑛にひらりとかわされる、はずだった。
 
しかし、ごつっという鈍い音。
 
頬を抑える楸瑛。
 
どうやら楸瑛が絳攸に殴られた、らしい。
 
そう思ったのと、体が動いたのと、どちらが先だっただろうか。
 
気づけば秀麗は、二人の間に両の手を広げて立ちふさがっていた。
 
「もう、おやめください。全て、私が悪いのです。お二人が、仲違されるような必要はございません。」
 
「秀麗?」
 
一人、状況が飲み込めずにいる絳攸が問いかける。
 
「全部わたくしが悪いのです。私は、絳攸さまをお慕いしております。
 
けれど、絳攸さまがわたくしをそのような対象に見ておいででないことも承知しております。
 
その様なときに、藍将軍に優しいお言葉をかけていただいて…。
 
甘えて、利用したのは私です。藍将軍は何も悪くありませんから。」
 
そこまで言い切ると、楸瑛のほうに向きなおる。
 
「藍将軍。仮初めの恋人でも、安らぎをいただきました。御迷惑をおかけいたしましたこと、お詫び申し上げます。」
 
「秀麗殿、それで、良いのかい?」
 
全てを知っている彼だから、言葉にする前に覚悟が伝わってしまったのだろう。
 
ただ、頷き返すことで、意思を伝える。
 
 
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