時は30分ほど遡る。
その日はいつも通りの家庭教師の日、の筈だった。
午後3時45分、紅秀麗は彩雲大学の正門前に立っていた。
あと10分で彼女の家庭教師、李絳攸が出てくるはず。
道を覚えることが不得手な絳攸を気遣って、可能な限り秀麗がこうして迎えに来ることにしている。
なにより、そうして自宅に向かうまでの間も一緒にいることができるのが嬉しいと密かに秀麗は思っている。
師であり恋人である絳攸を待たせたくない気持ち半分、
逢いたいとはやる気持ち半分でいつも早めに着いてしまう秀麗であった。
髪やスカートの裾をなおし、絳攸を待つ。
そこに声をかけた一人の女性。
高いヒールのパンプス、
腰で結ばれたベルトがスタイルの良さを引き立てるトレンチコート、
一つにまとめられた柔らかそうな長い髪、
そして大きなサングラスで隠しても溢れ出る美女オーラ。
見るからに、怪しい。こういう人にはかかわり合いにならないようにするに限る。
そう思い目をそらしたが。
「紅秀麗ちゃんね。」
「そ、そうです、が。」
「やっぱりそうね、来てちょうだい。」
美女はそう言うと、有無も言わせず秀麗の腕をとり、近くの車に押し込み、瞬く間に車を発進させた。
赤い、スポーツカー。そして運転席には、美女。
目立つなという方が無理である。
秀麗は改めて運転席の女性を見る。
どこかで見覚えがあるような…。そう思っていると、丁度信号待ちで停車した。
運転席の女性はサングラスを外し、秀麗に笑いかける。
正に、華の美貌。
静蘭や楸瑛、蛍など美形には目が慣れているはずの秀麗も、思わず目をひかれるほどの華やかさ。
しかしその美貌が冷たい印象がないのは、
丸い瞳やふわふわとした髪など、彼女を構成する何もかもが女性らしい、優しいものだからだろう。
「秀麗ちゃんね。はじめまして。百合よ。」
「あ、はじめまして。」
邪気のない顔で話しかけられると、つい秀麗も返事をしてしまう。
その様子を見て何故だか彼女は笑った。
「ふふ、ごめんなさいね。あなたがあんまり可愛いから。
絳攸が夢中になるのも分かるなぁと思ったのよ。
いつも息子がお世話になっています。」
「息子……、って絳攸せんせいのおかあさまですか?」
「そうで~す。」
そうで~すって、しかも右手でピースって…と秀麗は唖然とする。
確か血のつながらない義理の母親だと絳攸から聞いているが、それにしても、若くて、美人だ。
それにスタイルも良い。
秀麗はつい、自分の寂しい胸元に目をやってしまった。
いや、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。
「あの~…。」
「あ、百合さんって呼んでね。」
「ゆ、百合さん。今日は、一体……?」
「ごめんね~。何の説明もなしでびっくりしたよね~。」
「はぁ、まぁ。」
「今日は秀麗ちゃんには私とデートしてもらいま~す。よろしくね。」
「はぁ…。」
自分の返事がこんなに間抜けだと思ったのは、久しぶりだ。
そんな秀麗にお構いなしで、百合はとある店に入って行った。