綺羅綺羅しい内装。
しかし全てがセンス良く配置されているため、煩く感じさせないのは店主の趣向の良さを表わしている。
展示された衣服はどれも、最高級の素材と最高級の技術でもって仕立てられていることが分かる。
店の奥から一目でマネージャークラスと分かる、上品な男性が出てきて百合に挨拶をする。
「奥様、お待ちしておりました。」
「奥様はやめてよ~。百合って呼んで頂戴。」
「…百合さま、そちらが、お伺いしていたお嬢様でいらっしゃいますか?」
「そうよ。可愛いでしょ。」
「仰る通りで。それで、どのようなものをご用意いたしましょうか?」
「そうね、とりあえず、いろいろ着てもらいましょ。もう用意はしてくれているのでしょ?」
「はい、いくつかご用意はできております。」
そこから2時間。
秀麗は、百合と店のスタッフになされるがまま、着せ替え人形状態となった。
着ては脱ぎ、脱いでは着るの繰り返しだ。
百合は、紅茶を飲みながら「どれも可愛いから迷うわね~」とにこにこしている。
最終的に百合の指示で小物まで全てが揃えられた。この時点で秀麗は疲れ切っていた。
しかし、どうやら漸く解放されそうだと安堵もしていた。ところが。
「それじゃあ秀麗ちゃん。次に行きましょう!」
そう言って百合に車に押し込められる。
これで終わりと思っていた秀麗は驚くことしかできない。
「あ、あの~、百合さん。」
「なぁに?」
「今度は、どこに?」
「ふふふ、内緒。着いてからのお楽しみよ。」
そうしてたどり着いたのは、某有名ホテル。
「とって食べたりしないから安心してね。」
そう言いながら、エレベーターで上階に向かう。
最上階のスイートなんて、一生かかっても縁のないものだと思っていた秀麗であったが、
思わぬところで足を踏み入れることになった。
百合に言われるがまま、先ほどの服に着替えさせられ、鏡の前に導かれる。
化粧などしたことのない秀麗は、なんとなく身の置き場がない。
百合の手によって、手早く仕上げられ、変身していく自分を、鏡越しに見ていることしかできなかった。
秀麗には母の記憶がほとんどない。
秀麗が幼いころに、病死した母は、いつも楽しげに笑っている人だった。
けれど、年頃になれば母と娘で交わされるであろう会話は、永遠に実現不能なものになった。
甲斐甲斐しく動く百合を鏡越しに見ながら、母か姉がいればこんな感じだったのかな?などと思う。
秀麗と母が過ごした時間はけして長いものではないけれど、
その分幸せな気持ちは溢れるほどに貰っているから、寂しいと思ったことなどない。
けれど、一度でいい、このような母娘の時間があればと思わなかったといえば嘘になる。
そんな事を考えるうち、伏せられた秀麗の目を、疲労と不安と勘違いしたのか、百合が心配そうに声をかけてくる。
「秀麗ちゃん、疲れちゃった?」
その声に我にかえる。
「いいえ。
なれないことばかりで驚きましたけど、せっかくなら楽しませてもらわないと損ですよね。
でも、なんのためにこんなことを?」
「これからね、下の会場でパーティーがあるの。
私の夫の会社のお客様への感謝パーティーで、そんな大げさなものじゃないんだけどね。
若い女の子が一人いてくれると華やぐから、助けると思って参加してちょうだい?
適当にお料理食べていればいいから。」
「適当にって。会社のお得意様ばかりなら何か粗相をしてしまったら…。
わたしなんか行かない方がいい気がするんですけど。」
「大丈夫よ。気楽なものだし、私もいるから。ね、お願いします。」
両手を合わせ頭を下げられると、断ることができない。