エレベーターの中、気まずい沈黙が流れる。
「「あのっ」」
二つの言葉が重なった。
「す、すいません。絳攸せんせいからどうぞ。」
「いや、秀麗、言いたいことがあるならお前からいえ。」
「…あの、申し訳ありませんでした。御迷惑をおかけして…」
「迷惑?お前が俺にか?」
「はい。家庭教師もすっぽかしてしまいましたし。
それにせんせい、なんだか会場でつらそうにしていらっしゃったから。
来たくないのに、私のために無理をされたのではありませんか?」
「今日のことは秀麗は悪くないだろう。むしろ、俺の、家のことに巻き込んで悪かったな。」
絳攸がそう言ったところで、エレベーターは最上階に到着した。
絳攸の後について、秀麗も先ほどのスイートに戻る。
すっかり日も落ち、窓越しの風景も一変している。
秀麗は思わず窓に駆け寄り、煌めく宝石箱のような夜景に釘付けになった。
「せんせい、すごく綺麗ですよ」
絳攸は無邪気に振り返る秀麗の後ろから近づき、両の手の間に彼女を閉じ込めた。
そしてその耳元に囁きかける。
「駄目だ。」
「え?せんせいは夜景にはあまりご興味がないですか?」
無邪気すぎる恋人に少しだけ焦れながら絳攸は告げる。
「こんなものよりも、秀麗の方がずっと綺麗だ。ドレス、百合さんが選んだんだろ。よく似合っている。」
そういいながら耳元に口づけをする。
「…、せ、せんせい?」
突然の絳攸の行動に動揺したのか、秀麗の声は裏返り、耳まで赤く染まっている。
「さっき、最初に見た時から綺麗だと思っていた。
だけど、あの場で言うのは照れ臭くて。
本当に良く似合って綺麗だ。でも、あまりこういう格好はしないでくれ。」
「?どういうことですか?」
「綺麗すぎるからダメなんだ。前にも言っただろう。俺は嫉妬深い男なんだ。
そんなに綺麗な姿をしょっちゅう見せつけられては、心配で身が持たん。」
だから駄目だと告げる絳攸に、秀麗は不満げだ。
「せんせいは、わかっていません。」
「秀麗、俺が何を分かってないというんだ?」
「私だって、結構嫉妬深いんです。
いつものせんせいも素敵で大好きですけど、今日のスーツ姿は特別に格好良くって。
私だってせんせいにどきどきさせられているのに、
せんせいだけそんな事を仰るのはずるいです。」
怒ったような口調で振り向いた秀麗は、その実表情には愛らしい笑みを浮かべている。
「どんな格好をしていようが、私は私です。
私が好きなのは絳攸せんせいだけです。
だから、心配なんて要りません。」
そう言って唇を寄せてくる秀麗はいやに蟲惑的だ。
むさぼるように唇を合わせながら、やはり心配事は絶えそうにないとおもった絳攸だった。