罪と罰
「私、結婚することに致しましたの。燕青さまと。」
目の前の愛しい人の言葉に、藍楸瑛は、思わず剣を取り落とす。
その隙に、すっと首元に突き付けられた刃。
「ここまで、ですわね。お父様。
この程度で剣を取り落とすなど、武人失格ですわ。
お母様と十三姫叔母様にもしっかりとお話ししておかなくてはなりませんね。」
愛しい、愛しい娘、柏鶯の言葉に楸瑛は、力なく反論する。
「はくよう…。あんなこと言うなんて反則だよ…。」
「あら、お父様。
実戦なら反則も何もないと、十三姫叔母様も、静蘭叔父様もおっしゃっておいででしたわ。」
あの夫婦はまったく、余計なことしか教えない。
「だいたい、私とお父様ではまともに戦っても私に勝機はございません。
どちらが反則か、お母様にお聞きしてまいりましょうか?」
「そ、それより柏鶯、さっきの話は嘘だよな。嘘だと言ってくれ~~~~。」
話は終わったとばかりに立ち去る娘の背中に、楸瑛の切ない叫びが届くことはなかった。
「楸瑛様、残念ですけれど、因果応報ですわね。」
心の傷を癒してもらおうと秀麗のもとを訪れた楸瑛だったが、
常なら優しい秀麗が、今日はやけに冷たい。
「秀麗殿、因果応報といわれても、私は覚えがないのだがね。」
本当に、身に覚えがない。
「まぁ、お忘れになったとは言わせませんわ。15年前に私におっしゃったこと。」
「15年前?」
確か秀麗はもう官吏となっていたころか。だが、そのころ何かあっただろうか。
「秀麗。楸瑛は本当に思い出せないらしい。一体何があったというのだ?」
助け船を出すというよりは、興味本位のように絳攸が聞いてくる。
「絳攸さま、酷いんですのよ。楸瑛様ったら、私に向かってあろうことか、」
秀麗は当時に戻ったように、怒りをあらわにし始めた。
その様子を見ながら、楸瑛は思い出した。
「しゅ、秀麗殿。思い出した。思い出したからその話は…。」
「なんだ、思い出したなら聞かせろ。俺も気になるじゃないか。」
「絳攸さまもこう仰っておいでのことですし。楸瑛様どういたします?
御自分でお話しになりますか?それともわたくしから?」
どうやら話さないでおくという選択肢はないらしい。
そして話せば、絳攸の怒りの制裁が待っている。
せめて自分の口から話せば、婉曲的に伝えることも可能かもしれない。
今日は散々だ、と思いながら、楸瑛は力なく話し始めた。