桜の時 3-1
 
 
絳攸と秀麗は特急電車の中、並んで座っていた。
 
今日は二人で旅行に出かけている。
 
名目は、秀麗の卒業祝い。
 
行先は絳攸の家が経営する会社のグループの保養所だ。
 
日本屈指の財閥グループの保養所は、
 
高級旅館に引けを取らない品質で隠れた人気施設なのである。
 
だが秀麗はそんなことは知る由もなく、
 
絳攸も百合に言われるがまま場所を決めただけだ。
 
百合が絳攸の方向音痴を心配し、
 
目の届きやすい会社系列の施設を勧められたことは、絳攸は気付いていない。
 
 
 
秀麗は今までほとんど旅行らしい旅行に行ったことがないらしく、
 
どんどんと流れる車窓の風景にいちいち喜んだり驚いたりしている。
 
絳攸もそんな秀麗を可愛いと思いながら他愛もない会話が続いていく。
 
だがふとした瞬間手と手がふれあう度、肘と肘がぶつかり合う度に、
 
互いの間に如何ともしがたい沈黙が流れる。
 
理由は勿論、秀麗の卒業式の日の一件である。
 
今日は泊りの旅行。意識するなという方が酷である。
 
目が合う度、赤面し沈黙してしまうのも無理からぬことであった。
 
 
 
 
案内された部屋は、施設の中でも最高級の露天風呂付きの和室だった。
 
仲居が茶を淹れ、館内の案内をした後に、何か御用があればフロントへといって去っていく。
 
また、沈黙。
 
絳攸は平静を装いつつも、頭の中は一つのことがぐるぐるとまわっていた。
 
 
 
今夜は、秀麗と、二人きり。
 
一体秀麗はどういうつもりなのだろうか?
 
先日の件から素直に考えれば、今日が「今度」ということになる。
 
もしそうなってもいいように一応準備はしてきている。
 
備えあれば憂いなしだ。
 
だが、もし秀麗がそういうつもりで無かったとしたら?
 
自分だけが欲望のままに盛り上がって、秀麗に嫌われたらと思うと、恐ろしい。
 
あんなもの持ってこなければよかった。
 
そうしたら純粋に秀麗との時間を楽しむことができたのに。
 
だが、もし秀麗がそのつもりだったとしたら、
 
今回も準備をしていないからと言えば、それはそれでいらぬ誤解のもとになりかねない。
 
自分は確かに「今度」と約束したのだ。
 
大体自分は何でこんなことばかり考えているんだ。
 
あの常春の病気でもうつったのだろうか?
 
いやそもそも秀麗が可愛すぎるのが悪いのだ。
 
この前あんな姿を見せられて、二人っきりの旅行など、男だったら期待して当然だ。
 
だが、秀麗がそのつもりでなかったら嫌われるのは嫌だ……。
 
 
 
 
 
                             3-2へ続く
 
 
 
 
 
 
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