先に静寂を破ったのは秀麗のほうだった。
「絳攸さま、お庭、見に行きませんか?桜が咲き始めだそうですよ。」
「…あぁ、そうだな。行くか。」
我に返った絳攸が、
先ほどまで自分が考えていたことを思い出し赤面しているのに全く気付く様子もなく、
秀麗はさぁ、行きましょうと手を伸ばしてくる。
その姿が愛しくてつい、いらぬことを言ってしまう。
「流石に部屋の中で迷うことはないぞ。」
照れ隠しでこんなことを言うなんて、子供じゃあるまいに。
素直に、行こうと手を取るだけでよかったのに。
言葉が口を離れた傍から後悔が襲ってくる。しかし秀麗は、
「手をつなぎたいんです。だめですか?」
と気にした様子もなく問うてくる。
「いや。そうだな。手をつなごう。」
秀麗の言葉でなんとか平静を保つことができた。
回遊式に配置された庭園は、
江戸の大名屋敷もかくやという程の広大さで、
凛とした、それでいて華やかさも備えもったものだった。
中央に配置された池の周りをぐるりと巡らされた回遊路を二人で歩く。
秀麗は、花の名前にも精通していて、
庭の花を見ながら、
この花はいつ頃咲いてその実は何の薬になるなどと次々に説明してくれた。
その様子は、今までの秀麗と全く変わらない。
絳攸の中に、やはり意識しているのは自分だけなのだという思いが広がった。
だが、秀麗がそのつもりがないのなら、
純粋に二人だけの時間をゆっくりと楽しめば良い。
そう思い直した絳攸だった。
部屋に戻ると食事の用意がされており、その豪華さに秀麗は目を丸くしていた。
その細い体のどこに入るのかと不思議になるほど、秀麗はよく食べる。
しかもどれも本当においしそうに食べるから見ていて気持ちがいい。
結婚したら毎日秀麗とご飯を食べるのか、楽しそうだなと思った。
日も落ち、食事も済ませてしまうと、本当に二人きりの時間だ。
二人は仲居に勧められるがまま、ひとまずそれぞれが大浴場に向かった。