はつこい 過去編
 
      はつこい
 
 
第一話 
  
このあたりは、似たような家が多いんだな、とコウは思った。
コウというのは呼び名で、本当の名前は絳攸という。
コウにはお父さんとお母さんがいる。
れいしんさまと、ゆりさんだ。
事情があって実の両親と別れ、その後引き取り手がなかったコウを拾ってくれたのがれいしんさまだ。
縁もゆかりもないコウの前に突然現れて拾ってくれたうえ、絳攸という名前までつけてくれた。
れいしんさまはどうやらお金持ちらしい。
拾っていただいて、ただで家においてもらうわけにはいかないと思ったコウは、
何か役に立てないか、何かすることはないかと聞いた。
 
けれど返って来た言葉は「必要ない。」
確かにれいしんさまの家には、たくさんの家人がいて、
小さな子どものコウよりも何倍も効率よく物事を進めて行っている。
 
けれどコウは、不安なのだ。
何もできない自分では、拾ってもらった意味がない。
拾ってよかったと思えるように、なにか役に立てることを探すコウであった。
 
そんなときに、コウが耳にした百合の言葉。
「黎深ったら毎日のようにおしるこ、おしるこって。
そんなにおしるこが好きだなんて知らなかったわ。
だけどこう毎日のように食べさせられるこちらとしては正直飽きるのよね。」
 
これを聞いたときコウはこれだと思った。
おしるこはおしるこでも、
ゆりさんが今まで食べたことのないようなおしるこを見つけてくれば、ゆりさんも喜ぶし、
きっとれいしんさまも喜んでくれるに違いない。
 
自分の使命を見つけたコウは、百合を喜ばせる新しいおしるこを求めるため立ち上がった。
 
貴陽紅邸を意気揚々と後にしたコウであったが、
しかしおしるこというのはどこで手に入れるものなのだろうか?
 
そもそもコウは外で買い物などほとんどしたことがない。
紅邸では、必要なものは家人がそろえてくるか、
或いは外商部の営業員が出向いてきて買い求めることがほとんどであった。
 
しかし、一度だけ、百合に連れられて外出した際に、デパートの地下にいった事がある。
見たこともないような趣向を凝らした菓子がいくつも並んでいた。
百合はどれでもコウの好きなものを買ってあげると言ったのだが、どれを選んでいいかわからず、
また、何もできない自分にそんなものを買ってもらうのは気が引けると感じたこともあって、
僕はいりませんと言ってしまった。
 
結局百合が選んで買った菓子を持ち帰り、黎深と三人で食べた。
見た目が美しいだけでなく、頬が落ちるような菓子に、コウは幸せを感じたのだった。
あんなにおいしいものが沢山あるところなら、きっとおしるこもあるに違いない。
そうだ、あのデパートに行こうと思い立つ。
しかし、記憶を頼りに歩いても、行けども行けどもそのデパートにたどり着かない。
ゆりさんと二人だったから、近くに感じただけで、本当は結構遠かったのかな?と思ったコウだった。
 
 
 第一話<了>
 
第二話
 
その頃、紅家では、主夫婦が言い争っていた。
「あんなにいい子が家出をするなんて、また何かキミが意地悪したんだろ!」
「ふん。今日はまだ何も言っておらんわ。だいたい何かをしようにも、いない者に手の出しようもない。」
「今日はって、一応いつも意地悪している自覚はあるんだね。
もしそんな心も持ち合わせていないようだったら、この場でリコンするところだったよ。」
「勝手にしろ。お前が離婚しても、また籍を入れるだけだ。」
「そう何度も何度も同じ手に引っかかると思わないでよね。そんな勝手させるもんか。」
「そうされるのがいやだったら。そもそも離婚などと言い出さねばいいことだ。
大体母親のお前が離婚離婚と騒ぐから、こ、こ、絳攸も嫌気がさしたのではないか?」
 
 「嫌気ならとっくにさしていると思うよ、キミに対してね。
大体こんなときのためにアレを持たせようって言ったのに、キミが駄々をこねるから。
アレがあれば一発でGPS検索できたのに。」
「ふん、あんな会社のものなど信用できるものか。」
「キミと三つ子社長が犬猿の仲なのは百も承知だけど、それとこれとは関係ないだろ。」
 
二人が話しているのは、国内最大の警備会社であるRaNの運営する、GPSサービス、
サーチ・アイのことである。
小さな端末を持たせておくだけで、端末保持者の居場所を特定できるサービスのことで、
これに関しては、紅家の主夫妻の間には、以前から見解の相違が生まれていた。
 
素直で賢い絳攸だが、なぜか方向感覚だけが欠落しているようで、
家の中でもしょっちゅう同じところをぐるぐると回っている。
そうなった責任の一端は自分にあると感じている百合は、
せめていつでも自分が探しにいけるように、この機械を絳攸に持たせたいと思っていた。
 
ところがこれに横槍を入れたのが黎深である。
以前から黎深と、同い年でRaNを経営する藍家の跡取りの三つ子は、
何かと理由を見つけてはいがみ合う関係にあった。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、
あいつらの会社のものなど信用できん!絳攸には持たせない!の一点張り。
 
仕方がないので、今度黎深の不在の時にこっそりと契約に行こうと心に決めていた百合だった。
しかし、絳攸が迷子になる方が早かった。
 
「絳攸が無事に見つからなかったら、本当にリコンだからね!」
そう言い捨てると百合は、ふてくされた顔を扇子で隠している黎深を置いて絳攸を探しに出かけた。
 
 第二話<了>
 
第三話
 
一方、相変わらずコウは歩いていた。
「近道しようと思ったのが、悪かったのかな?」
誰に言うでもなくそう呟いたとき。
 
「おにいちゃん、迷子になったの?」
振り向けばそこには、自分よりもさらに幼い少女。
黒い髪に黒い瞳それはまるでれいしんさまのようだとコウは思った。
しかし、少女は聞き捨てならないことを言った。
 
「迷ってなどいない。ところで、デパートは移転したのか?」
このような年端もいかぬ少女に聞いてもわからぬだろうと思いながら、
迷っていないことを強調する。
 
「貴陽デパートなら反対方向よ。おにいちゃん、何を買いに行くの?」
「反対方向、やっぱり移転したのか…。…ちょっとおしるこを。」
「おしるこ?おしるこなんて買わないで、作った方が安いわよ!」
「つくれる、ものなのか?」
 
「……、教えてあげる!ついてきて。」
そう言うと少女は、返事も待たずにコウの手を引いて歩きだす。
「あっ、ちょっ…。」
「わたし、こうしゅうれい。おにいちゃんは?」
「…、李絳攸。」
「ふふふ、よろしくね。」
 
無邪気に笑みを浮かべる少女を見ながら、思い出したことがあった。
こうしゅうれい。
れいしんさまがいつも話している姪っ子の名前は確か秀麗ではなかったか。
 
もしそうだとすれば、彼女は正真正銘紅家のお姫様。
生まれたその瞬間かられいしんさまの愛情を一身に受けている。
うらやましい、と思った。
ただその血筋それだけで、沢山の愛情を受けている。
唐突に湧き上がった嫉妬。
と同時に、このような幼女に嫉妬する自分に情けなさも感じる。
 
複雑な感情に歪んだコウの顔を勘違いしたのか、秀麗が心配そうに見上げてくる。
「おにいちゃん、どこかいたいの?」
汚れを知らない眼差し。
紅家の姫として全てから守られ、飢えも、死も、身近に感じたことなど無いに違いない。
その上、れいしんさまにまで、愛されている。
彼女の手のひらは、自分のそれよりもずっと小さいのに、そこに握られたものの大きさの違いは何だ。
 
「……別に。それよりもどこに向かっている?」
「うちでね、一緒におしるこ作りましょ。」
そういって案内された場所にコウは唖然とする。
コウのすむ貴陽紅家別邸とは比べるべくもない。
門番などおらず、屋根も壁もそこここが剥げ落ち、穴が開いている。
「おにいちゃんびっくりした?うちねぇ、貧乏だからなかなか修理もできなくて。」
 
こともなげに言う秀麗に、コウは心の中でだけ反駁した。
そんなはずは無い。
拾われた身の自分でさえ、何不自由ない暮らしをしているというのに、
紅家直系の姫が暮らす家がこのような荒れようとは。
 
第三話<了>
 
 
第四話
 
驚きを隠しきれずにきょろきょろとしながら、秀麗に手を引かれ歩いていく。
 
すると、現れた少年が秀麗に声を掛ける。
「お嬢様、お一人でお出かけになってはいけませんと、何度も申し上げているでしょう。」
「ごめんなさい、静蘭。つくしでもとれないかなと思って、ちょっとだけ見てきたのよ。」
「ですから、そういう時はお供しますと申し上げているのです。
お嬢様に何かあったら、亡くなった奥様に申し開きできません。」
 
 
奥様という単語で、秀麗の顔が曇った。
「かあさま、怒ったかしら?」
しゅんとする秀麗を抱き上げながら静蘭と呼ばれた少年は言う。
「お嬢様がいい子にしていらっしゃれば、空から見守っていてくださいますよ。」
「本当に?」
「ええ、本当です。」
 
秀麗が笑顔になると、静蘭も極上の笑みを浮かべる。
それをただ見ているだけで、身の置き所の無いコウへ、静蘭が漸く視線を向ける。
 
「…、お嬢様、知らない人を勝手に家に上げてはいけませんと、お話したはずですが。」
静蘭がコウに向ける視線は、秀麗に向けるものそれと温度差がありすぎる。
秀麗はそれには気付かないようで、ぷくっと頬を膨らませながら言う。
「知らない人じゃないわ。さっきお友達になったのよ。一緒におしるこを作るの。」
「さっき友達になったのでは知らない人と変わりません。」
「でも、約束したから、守らないといけないでしょ?」
「しかし、お嬢様…」
 
秀麗と静蘭が言い争っていると、奥から主らしき男性が現れた。
「秀麗、静蘭、何の騒ぎだい?」
「旦那様…、お嬢様がお連れになったのですが…」
静蘭はそういってコウのほうを見る。
つられるようにコウに視線をやった男性は、おやという顔をした。
そして、コウの視線にあわせるようにかがんでくれる。
 
「君は、黎深のところの子だね。」
「はい。絳攸です。」
なぜわかったのだろうと思いながら、コウは返事をする。
「とうさま、私の新しいお友達なの。」
秀麗は嬉しそうに言う。
「そうか、秀麗と仲良くしてやっておくれ。ところで、百合姫には出かけることは言ってきたのかい?」
「…いいえ。」
「そうか。それでは心配しているだろうから、電話をしておくよ。」
「…はい。」
 
「とうさま、わたし、おにいちゃんと一緒におしるこをつくるの。良いでしょう?」
秀麗の言葉に男性はう~んとコウの方を見る。
「かまわないが、君はそれでいいのかい?」
「…はい。」
「そうか。おしるこ、ねぇ。黎深がまた我儘を言ったのかな?」
「いいえ。ゆりさんが、毎回同じだと飽きると仰ったので…」
「それで、別のものを用意しようとしたんだね。黎深のためにありがとう。」
そういうとコウの頭を撫でてくれる。
なんだか恥ずかしくて、そして嬉しい。
 
「このくらいしか、お返しできないので。」
「お返し?」
「はい。拾っていただいたのに、何の役にも立たないから。」
「そんなことは無いよ。
君は、黎深の百合姫の子どもなんだから。
黎深はね、本当はすごく寂しがりやなんだ。
だから、君がそばにいてくれるだけで、本当は嬉しいはずだよ。
何かをしなくちゃなんて思わなくても良い。」
「でもそれでは、申し訳ないです。」
「君が何も言わずにいなくなることのほうがずっと、黎深は悲しむと思うけどな。
まぁ折角来たんだから、秀麗と一緒におしるこを作って覚えて帰ると良いよ。」
そういうと、百合姫には連絡をしておくからといって、男性は奥に去っていった。
 
第四話<了>
 
第五話
 
その後コウは、秀麗と一緒におしるこを作って、食べた。
その途中、秀麗が聞いた。
 
「おにいちゃん、おうちに帰ったら誰におしるこを作ってあげるの?お父様とお母様?」
「…あぁ、そうだ。」
「そう。わたしもかあさまと一緒におしるこ作って食べたかったなぁ。
お兄ちゃんのおかあさまって優しい?」
「あぁ。」
「じゃあお父様は?」
「…、やさしい、と思う。お前は母がいなくて寂しいのか?」
「そりゃあ、さみしくないといえば嘘になるけど、とうさまと、それに静蘭がいてくれるもの。
家族がいるから、大丈夫よ。」
「…家族?」
「うん。おにいちゃんもお父様とお母様といると嬉しいでしょ?」
「そう…、なの、かな。」
「嬉しくないの?」
「わからない。あまり一緒にいないから。」
「そうなの?じゃあもっと一緒にいたほうが良いわ。
家族なのに離れているなんて、もったいないもの。」
「そう、だな。おしるこ、作ってみるよ。」
 
「うん。うまくできなかったら、また練習しにきてね。」
「いいのか?」
「うん。おにいちゃんのこと大好きになったから、またきてね。」
「あぁ、わかった。」
そう答えながら、コウは、
なぜ静蘭はあんなに厳しい目つきで自分を見るのだろう、怖いなと思った。
 
邵可から連絡を受けた百合が、邵可邸に迎えにいったとき、コウは秀麗と昼寝をしていた。
「まぁ、コウに妹ができたみたい。可愛いわ。」
素直な感想を述べる百合に邵可は笑う。
 
「君のおかげだね。素直でいい子だ。」
「ふふふ、黎深にはもったいないくらいの息子でしょう?」
「そうだね。だけど、不思議と黎深に似ているよ。この子本当はとても寂しがり屋だろう?」
「そう、なのかもしれません。
私や黎深には遠慮して、背伸びばかりしようとしていますから。
私たちの息子なんだから、もっと甘えてくれて良いのに。」
「本当に、素直じゃないからね。」
そういうと邵可は壁に向かって溜息をつき、声を掛ける。
 
「黎深、君も出ておいで。」
「あ、あ、あ兄上!!!」
窓からいそいそと入ってくる黎深は歓喜に打ち震えている。
「百合姫と絳攸君に迷惑を掛けては駄目だよ。」
 
「め、迷惑など掛けておりません。
それよりも、このコドモが兄上にご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「絳攸君は、いい子だよ。
秀麗と一緒におしるこを作って、一緒に食べていたねぇ。
秀麗も楽しそうだった。」
「…、そう、ですか。秀麗と、おしるこを…」
不穏な笑みを浮かべる黎深に、邵可と百合の言葉が同時に響く。
「黎深、絳攸君のこといじめたら、うちには出入り禁止だからね。」
「黎深、絳攸のこといじめたら、リコンだからね!」
 
後日、絳攸は秀麗に習ったとおりに、おしるこを作った。
百合はおいしいと食べてくれたが、
黎深は、やれ甘すぎるだの、団子がいびつだのと何やら不満げだった。
だけど、二人の椀は、あっという間に空になった。
「絳攸、ありがとうね。また作ってね。」
百合の言葉に心から喜びを感じた絳攸だった。
 
<過去編 了> 
 
            
          未来編に続く
 
 
 
 
 
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