LOVE FLIES の続き
*SHINE*
着信音と共にバイブレーションで机がカタカタと音を立てた。
楸瑛は、帰ってきたきりガラステーブルの上に置きっぱなしにしていた携帯電話を手に取る。
着信音が鳴るということはつまり、彼からのメッセージだという事だった。
絳攸は、携帯電話の着信音を嫌う。
相手の予定やら都合やらを斟酌することなく突然に鳴り響く電子音は無粋だと。
そういう彼の着信音は、猫の鳴き声で、楸瑛は以前に不思議に思って聞いた事があった。
どうして猫なのかと。
そもそもあの絳攸がちまちまとサイトにアクセスし、着信音をダウンロードしたということ事態、考えてみればなんとも似合わない。
だけど、絳攸は言ったのだ。
「猫は仕方ないだろ。猫は勝手に鳴く」
なんだかよく分からない理由だと思ったけれど、それもまた、彼らしいと思った。
時々、キャンパス内を野良猫が歩いている事がある。
中には生まれて数ヶ月というような仔猫もいて、そんな仔猫を絳攸が優しさと悲しさの入り混じった視線で見ている事を知っている。
キミは、猫とは違うのに。そう思っても口になど出さない。
それに、気まぐれに擦り寄って、飽きれば去っていく猫の姿は、彼の気まぐれな養父を連想させて、正直好きになれないのが事実だった。
メールを開けば、内容はたった三行。
挨拶も、アメリカでの生活ぶりも余計な事など一切書いてないけれど、楸瑛にはそれで十分だった。
ノートパソコンの電源を入れ、いそいそと調べ物を始める。
その頬が自然と緩むのは、仕方のないこと。
全く、自分らしくなどないけれど。それでも、以前の自分より、ずっとずっと幸せだから、良いのだ。
翌日、到着ゲートを出る人ごみの中に、銀色の髪を見つけ、楸瑛は声を掛ける。
「絳攸、こっちだよ」
振り返り、こちらへ歩み寄るすみれ色の瞳が、自分を捉えただけでまた心が温かくなる。
この感覚は、実に二ヶ月ぶりだ。
絳攸は楸瑛につかつかと歩み寄ると口を開く。
「お前、何でいる?」
「何でって、この便で帰るってメールしてきたのは、キミだろう?」
「便名を知らせただけだ」
「うん。だから、迎えに来たんだ」
楸瑛がそう言って笑うと、絳攸は相変わらずへらへら笑って変なやつだとそっぽを向いてしまう。
そんな絳攸の、左側に置かれたスーツケースを手に取ると、楸瑛は駐車場に向かって歩き始めた。
湾岸線はいつも通りに空いていて、一段と濃くなった山々の緑、空よりも深い海の青、真っ赤に塗られたトラス橋、空の薄い青の中で白く眩しい入道雲、そんな物が次々と現れては消えていく。
あぁやっぱり、キミと見るから世界はこんなにも鮮やかだ、そう思いながら楸瑛が助手席に目をやると、絳攸は窓の外を見ながら、こくりと頭を傾かせ、そして楸瑛の視線に気付くと一言「悪い」とだけ言った。
「時差ぼけかい?」
「あぁ、流石にな。それに、機内であまり眠れなかった」
「眠っていて良いよ」
「じゃあお前の家に着いたら起こせ」
「え? 家には帰らなくて良いのかい?」
「百合さんは、入れ違いでヨーロッパだそうだ」
だからしばらくお前のところに泊めろ、その間にノートを写すから。そう言うと絳攸はあっという間に小さな寝息を立て始めた。
彼の眠りを妨げないように、少しだけスピードを落とし、楸瑛は自宅へと向かったのだった。
【了】
日記に掲載していたものを、2010/07/10再掲載
LOVE FLIES に予想外に感想を頂いたので、調子に乗って書いた第二段。
これを書いた後、「小鈴さんちの楸瑛さんは、絳攸さまがタバコ取り出したら、すかさずライターで火を用意しそう」と言われまくりました。
私は絳攸さまは嫌煙派だと思っておりますが、心意気としてはその位の楸瑛さんが好きです。
結局絳攸さまが愛されていてほしい。