my medicine
~静蘭と十三姫の場合~
十三姫は嘆息した。
目の前には彼女の夫が座っている。
彼は帰宅してから二刻以上も、この世の終わりのような顔をして黙っている。
「ちょっと。いつまで落ち込んでるのよ。」
「落ち込まずにいられますか。」
落ち込んでいても、静蘭は尊大さを忘れることはないらしい。
「誰にでも失敗はあるじゃない。落ち込んだって時間が戻るわけじゃないのよ。」
「絶対に、主上とお嬢様を失望させました。」
夫の口から発せられた二人に、十三姫の堪忍袋の緒はきれた。彼女も夫も、もともとそんなに我慢強いほうではないのだ。
「あのねぇ、あなたがそんな風に、神経質で後ろ向きだと知ったほうが、もっと失望するに決まってるじゃない。
なによ、何時までもめそめそめそめそと。もうちょっと男らしくなれないの?」
「貴女こそ、仮にも藍家の姫君なら、もっとしとやかにできないのですか?」
「今さらしとやかにしてどうするのよ?まさか、離縁してほかの男でもあてがうつもり?」
「誰がそんな事を言いました?私が貴女を手放すわけがありません。まさか、出ていきたいんじゃないでしょうね?」
「そんなに女々しい姿を見せられたら、出て行きたくもなるわよ。」
しばしの沈黙。
そののち、十三姫は恥ずかしそうに、言葉を続ける。
「だから、お願い。もう、元気出してよ。」
妻の言葉に、静蘭は立ち上がった。本当は分かっている。
落ち込んでいる自分を心配して、あえて怒らせるようなことを言ったこと。
それが、彼女なりの方法であることも。
彼女も自分も素直になんて柄じゃないから、ありがとうなんて言わない。
かわりに妻を抱き上げると、応えるようにそっと首に手をまわしてくる。
「貴女が、そこまで言うのなら仕方ありませんね。」
ただし、と続ける夫の極上の笑顔に、何故だか寒気を感じた事は言わないでおこうと十三姫は思った。
そうして彼女の耳に夫の囁きが降ってくる。
「なぐさめて、くれるのでしょう?」
「まかせなさい。」
自信に満ちた妻の答えに、ついに静蘭は、声をあげて笑ったのだった。
あとがき、という名の言い訳
静蘭が何を失敗したのかは、謎のままですが、
階段を一段踏み外したとか、漢字を一文字書き間違えたとか、そんなレベルのことであってほしい。
失望するも何も、弟はもっと駄目っ子だから安心しなさい。
頼りになる素敵でさわやかなお兄様は、外面良くしておくのも大変なんだ。
そんな彼にずけずけ言えるのは、燕青か十三姫くらいのものでしょう。
秀麗と絳攸編へ 楸瑛と珠翠編へ