はなぞむかしのー氷塊

 

氷塊~ひょうかい~
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで、珠翠は喜んでくれたのか?」
 
「喜んでくれると思ったのですけどね、この通りですよ。」
 
劉輝の問いに、楸瑛は赤くなった頬を指して笑う。
 
雪の中、咲いた梅を見せると言って珠翠を連れ出したまでは良かったが、
 
急に抱き上げたことが気に食わなかったらしく、
 
戻ったと同時に頬を平手をお見舞いされた。
 
だが、叩かれたとはいえ嬉しそうな顔をしている楸瑛を、劉輝は不思議に思った。
 
それに気付いた楸瑛は劉輝に向かって笑う。
 
「主上も秀麗殿に怒られている時、嬉しそうですよ。」
 
そう言われて劉輝は思い至ることがあった。
 
「なるほどな、確かに怒られると嬉しい時もあるのだ。」
 
自分のことを思って言ってくれるとき、
 
それから、素直に嬉しいと言えない時などに秀麗はよく怒っている。
 
きっと珠翠も、楸瑛相手に素直にお礼を言うのが照れくさかったのだろう。
 
「それにしても余も秀麗とお花見がしたいのだ。……そうだ、楸瑛ひとつ頼みがあるのだ。」
 
そう言って劉輝は楸瑛を招き寄せると、あることを頼んだ。
 
 
 
 
 
「藍将軍、折り入って相談とはなんですか?私にお役にたてるとよいのですが。」
 
楸瑛は目の前の秀麗に罪悪感を悟られないように少し目をそらしながら、小声で囁く。
 
「実はね、ある人が、秀麗殿いや、紅御史に聞いてほしいことがあるから会いたいらしんだ。
 
ただ、向こうにもいろいろ事情があってね。
 
人目につかないように会えるように手伝ってほしいと言われているんだよ。」
 
「御史の私に、話があると仰ったのですね。」
 
「そう。紅御史にとね。」
 
「わかりました、それでどうすればよいのでしょうか?」
 
「それが、言いにくいんだけどね……」
 
楸瑛の言葉に秀麗は目を丸くした。
 
 
 
 
 
 
秀麗は耳を澄ましていた。
 
楸瑛に言われた方法とはこうである。
 
まず楸瑛が用意した箱に秀麗が入る。
 
それを楸瑛が待ち合わせの場所まで運んで行く。
 
先方は後からやってきて、合図に箱を三回たたく。
 
それに秀麗が三回たたき返せば、符牒の一致ということで箱が開けられるのだという。
 
(だけど、一体誰なのかしら?
 
御史の私に会いたいというからには何か不正の疑惑か何かなんでしょうけど、
 
こんなことしたらかえって目立つんじゃないかしら?)
 
疑問は次から次にわいてくる。
 
しかし紅御史にと指名されているのであれば、行かないわけにはいかない。
 
もともと御史台にいたところで、
 
秀麗に回される案件のほとんどは、調べてみれば嘘というものである。
 
今さら偽の情報をつかまされたからと言ってどうということはない。
 
そのとき、こんこんこんと箱が叩かれた。
 
秀麗も同じように返す。
 
そして、箱が開けられ、目の前に広がった光景に、秀麗は絶句した。
 
 
 
 
暗闇の中、わずかに焚かれた燭の灯り。
 
そこにぼんやりと浮かび上がる白い花。
 
その姿よりも、香りから、それが梅と知れる。
 
そしてその中にたたずむ人は。
 
「…ちょっと、劉輝、何やってるのよ?」
 
「梅の花を見ているのだ。」
 
「……騙したのね?」
 
「騙してなどいないのだ。紅御史とは秀麗のことであろう?
 
秀麗と花見がしたかったから、紅御史に用があると伝言しただけだ。
 
嘘はついていないのだ。」
 
言い訳しながらもしゅんとする様子に、秀麗も怒るのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
 
「まあいいわ。せっかくだから、お花を楽しませてもらうことにする。」
 
そういった秀麗に安心すると、劉輝は近くの四阿へと案内した。
 
用意していた杯に酒を少し注ぎ差し出すと、秀麗は、黙って受け取った。
 
ただ無言で、酒と花を楽しむ。
 
たったそれだけの、だが劉輝にとっては、とても贅沢な時間。
 
 
 
秀麗がぽつりと言った。
 
「劉輝、この花のようになってね。」
 
「梅のように?」
 
「ええ、この国に春をもたらしてね。」
 
それきり秀麗は黙ってしまった。
 
けれど、劉輝には、その言葉だけで、秀麗の心がわかった。
 
まだ冬の名残が残る中、雪を融かすように力強く咲く梅の花。
 
その姿から、氷塊とも呼ばれ、転じて恨みや猜疑心消えていくことも暗示する。
 
疲れ切った民の心を早く融かしてくれと秀麗は言っているのだ。
 
いつも国のことを思い、民のことを思うその姿を愛しいと思った。
 
重い荷物だから半分背負うと言ってくれる秀麗だから近くにいてほしいと思った。
 
けれど、気づいてしまった。
 
自分の傍に置くということは、後宮という籠に閉じ込めること。
 
彼女は羽ばたいてこそ彼女なのに。
 
それでも、閉じ込めてしまいと思う自分がいることも。
 
心の中に渦巻き始めた黒い雲を振り払うように劉輝は軽く頭を振った。
 
そして恋しい人に呼びかける。
 
「秀麗。」
 
「なぁに劉輝?」
 
「その、膝枕をしてほしいのだ。ダメか?」
 
突然の劉輝の言葉に秀麗はしばしの逡巡ののち答えた。
 
「仕方ないわね。今日だけよ。」
 
その言葉に劉輝はいそいそと秀麗の膝に頭を載せる。
 
本当は分かっている。
 
自分のせいで彼女が迷っていることを。
 
自分がしていることは彼女の優しさに付け込む事であるとも。
 
それは狡いことだろう。
 
けれどもそれほどまでしても彼女を欲している。だから。
 
「今だけ、今だけ許してくれ。」
 
劉輝の呟き応えるように、秀麗の指が劉輝の髪を梳くように弄ぶ。
 
「そうね、今だけよ。」
 
それが何を指しているのか、おそらく彼女自身もまだ分かっていないのだろう。
 
今はまだ、それでいい。
 
「今だけ…。」
 
再度呟いた劉輝の声は花の香の中に消えていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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あとがき、という名の言い訳
 
梅シリーズ。劉輝・秀麗編です。
李姫派とはいうものの、別に劉輝を不幸にしたいわけではないのですよ。
そんなわけで、劉輝にも少しくらい夢を見させてあげよう企画でした。ま、膝枕どまりですけどね。
 
今回の異名は結局“氷塊”にしたのですが、実は“暗香”と迷いました。
暗闇の中でもその存在がわかるほど香りが良いという意味ですね。
そっちにした場合、秀麗センサーのついた劉輝とチーム秀麗(秀麗・静蘭・黎深他)の
うふうあははかくれんぼコメディ(戸部で秀君になっていた時のような感じ)になるところだったのですが、私の筆力でコメディは無理と断念。
結果、一緒にいるのに切ないお話になってしまいました。二人の揺れる心を書きたかったのです。
秀麗が絳攸と幸せになるためには、秀麗の性格上、劉輝との関係はきっちりと線引きはするでしょうから。
でも全く揺れないことはないと思うので。
 
↓以下原作に対する小鈴の見解(思い込み)読みたい方は反転でどうぞ
秀麗は劉輝のこと「好き」なことは間違いないですよね。恋情はないけど愛情はあるというか。
でも私は、劉輝の「好き」こそ、普通の恋情とは違うのではないかなぁと思っています。
ひな鳥が殻を破って最初に見たものを親と思いこむような感じ。
 
それに縋っていくのではなく、別の愛する人を見つけなければ劉輝は幸せにはなれないのではないかと思います。
秀麗にとっても、官吏として国を支え劉輝を支えるのには共に走ってくれる人が必要。それはやはり官吏がいい。
そして、絳攸にとっても、羅針盤の役割をしてくれる人が必要で、李姫はお互いにそういった意味でも惹かれあうのです。
最終的には、そんなの全部取っ払って、「だって好きなんだモン」ですけどね。
 
 
2010年2月13日 小鈴