はなぞむかしの-百花魁 

 

 
 
 
 
 
 
彼女は天才だ
 
風に揺れる梅の枝を見ながらそう思った。
 
 
 
百花魁~ひゃっかのさきがけ~
 
 
 
 
ほのかな梅の香の中を、秀麗は絳攸と手をつないで歩いていた。
 
吏部侍郎と御史という互いに多忙を極める身であるが、たまたま公休日が重なった。
 
思いが通じ所謂「おつきあい」を始めてから、休みが重なるのは初めてのことである。
 
当然二人ともこの日をとても楽しみにしていた。
 
しかし、日々仕事に邁進する二人のことである。
 
休みが重なったからと言って、どこに出かけてよいものやらさっぱりわからず途方に暮れていた。
 
見かねた楸瑛が、宮城にほど近い梅林が見ごろだと教えてくれた。
 
絳攸は常春の言うことなど聞くものかと渋ったのだが、さりとてほかに行くところも思い浮かばず、今に至る。
 
 
 
絳攸は心の中で鉄壁の理性鉄壁の理性…と繰り返していた。
 
さりげなく秀麗と手を繋いだまでは良かった。
 
だが、繋いだ途端に掌に心臓がもう一つできたかのように体中に拍動が響き渡り始めて、
 
一体何を話せばいいのかわからなくなってしまった。
 
そっと隣の秀麗を見ると、わずかに頬を紅潮させて俯いている。
 
官吏姿とまた違い、いつもより少しだけ凝った形に結いあげられた髪。
 
その髪の隙間から、覗いた耳とうなじ。
 
黒く艶やかな髪が秀麗の透き通るように白い肌の色を強調して、艶めかしささえ漂う。
 
絳攸はごくりと唾を飲み込んだ。
 
梅林の中ほどで秀麗が立ち止まる。そうして絳攸を見上げ微笑を浮かべて言った。
 
「綺麗ですね、絳攸さま。」
 
ただその一言さえも、天女の囁きのようだ、そんなことを思いながら聞いていた。
 
しかし、秀麗はそんな絳攸を見て、聞こえなかったと思ったようで
 
絳攸さま、と再度呼びかけてくる。
 
その声を聞いて絳攸は我に帰った。
 
「そ、そうだな。確かに奇麗だ。」
 
本当は花で無く秀麗を見ていたことは気付かれていないようだ。
 
そして改めて梅の花を見る。
 
決して派手ではないが凛とした美しさ、そして心を和ませる優しい香り。
 
その贅沢な空間に愛しい恋人と二人きりという幸福。
 
この時が永遠に続けばいいのにとさえ思った。
 
秀麗も同じことを思っていてくれるだろうか?そう思って秀麗を見ると、秀麗も絳攸の方を見ていた。
 
「わたし、梅の花が好きです。」
 
「そうか。」
 
もっと気の利いた答えをすればいいのに、と自分で情けなくなる。
 
「絳攸さまならご存知でしょう、好文木という異名。」
 
その言葉を聞いて、秀麗がこの花を好きといった理由がわかった。
 
遠つ国の皇帝が、学問に親しむと花開き、学問を止めれば花が開かなかったという故事。
 
それに因んで、その花を好文木というのだ。
 
女人国試など夢のまた夢だった頃から、
 
それでも官吏になることを諦めきれずに勉強を重ねていた少女にとって、
 
梅の花が咲くことは、努力を認められているような気持ちにさせてくれることだったのだろう。
 
その頃の秀麗の気持ちを思えば、
 
夢を実現するその姿を見続けた絳攸にとっても特別な花に思えてくる。
 
だが、と絳攸は思い直した。
 
これからの秀麗にはもっと似合う言葉がある。
 
「百花魁のほうがいい。」
 
「百花魁、ですか?」
 
鸚鵡返しに聞いてくる秀麗が、
 
言葉の意味そのものを問うているわけではないことは分かっている。
 
ただ、あえて別の異名をあげた絳攸の意図を図りかねているのだろう。
 
「今まで同様お前の歩く道は、冬のように厳しいものになるだろう。
 
もしお前に続く女人の国試合格者が出ればそのものも同じくだ。
 
けれど、冬の終わりに他の花に先がけて咲き春を告げるこの花のように、
 
細く厳しい道を上がっていかなければならない。
 
お前以外にできないが、お前になら必ずできると信じている。」
 
そう言って、繋いだ手に少し力を込める。
 
秀麗も少しだけ力を入れることで応えてくれた。
 
「だから、百花魁、ですか。」
 
責任重大ですねと笑う秀麗を、絳攸は後ろから包み込む。
 
「こんな厳しい恋人は、嫌か?」
 
密かに恐れていることを、さりげなく聞いてみる。
 
秀麗は後ろから回された絳攸の手に自らのそれを重ねながら答える。
 
「いいえ。だって、絳攸さまはいつも私の前を行って待っていて下さいますから。」
 
いずれ追い付きますからねと、重ねられた手に力がこもったのを感じた。
 
そしてそのあとに続けられた秀麗の言葉に思わず笑みがこぼれる。
 
「でも、心細くなった時は、
 
お師匠様の絳攸さまではなくて、恋人の絳攸さまに甘えさせてくださいね。」
 
彼女は天才だ。たった一言で自分を喜ばす方法を知っている。
 
いつも彼女の一言で自分は天にも昇る心地を味わえる。
 
それを知ってか知らずか、秀麗はさらに続ける。
 
「でも、梅の花よりも、すももの花のほうがもっと好きです。」
 
絳攸さまのお花ですもの、と何気ない調子で恋人が放った言葉。
 
やっぱり彼女は天才だ。たった一言で自分をこんなにも幸せにしてくれる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
静蘭×十三姫編を読む  黎深×百合姫編を読む  劉輝×秀麗編を読む  楸瑛×珠翠編を読む
 
 
 
 

 

あとがき、という名の言い訳

梅シリーズ李姫編です。

自称李姫サイトなのに、李姫を最初にUPしなかったのは、なかなか難産だったからです。

インターネットでいろいろ勉強して、書きました。久々に真剣に勉強しました。

しかし奈何せん付け焼刃なので、下敷きとなっている故事が中国のものであるとか、

その割に話全体は新島襄の寒梅をモチーフにしているのでそっちは明治だとか、そんなことに気づいても見て見ぬふりでお願いします。

Rosaceaeの他の作品を読んでくださっているお客様にはきっとばれてしまっていると思いますが、

小鈴は今回のように、同じテーマで他のカプを書くというのが好きです。

好きなのですが、今回のように自縄自縛で苦しむことも多々。