片恋ゆえに拒否
5.期待させないで
彼女が蝶のようだと思ったのは、今日が初めてだ。
お慕いしています、と彼女は言った。
いつもの無邪気なあの瞳で。
お茶のお代わりはどうですかというくらいの気軽さでそういった。
それは師を見る弟子の顔。
それでも一瞬舞い上がり、そこで気付いて谷底へ転がりおちた。
我知らず嘆息する。
「絳攸さま?どうかなさいましたか?」
相変わらず、真っ直ぐな黒い瞳。
「……秀麗。」
「はい、絳攸さま?」
「俺だから良かった様なものの、軽々しくそのような言葉を言うのは良くない。」
「どうしてですか?」
「男というのは、単純なんだ。
二人きりの室で、そのようなことを言われれば、勘違いする男もいるだろう。」
「それは、よくないことですか?」
物分かりのいい筈の彼女にしては、異なことを言う。
「良くないだろう。お前はそのつもりがなくても、男のほうは期待するかもしれん。」
というか、俺は一瞬期待した、などとは言えないが。
「それで恋が始まれば、それも一つのご縁ではありませんか?
それが良くないことですか?」
今日の彼女はいやに反抗的だ。
もしや誰か思う男でもできたのだろうか?そう思うとかっとなった。
「俺にとっては良くない。」
言ってしまってからしまったと思った。これではほとんど思いを伝えたようなものだ。
ところが帰ってきたのは、思いもかけぬ笑い。
「絳攸さまこそ、軽々しくそのようなことをおっしゃってはいけませんわ。
恋を知らない少女と尊敬する年上の師だなんて、今はやりの恋物語の様ですのに。
その師に自分の身を案じるようなことを言われれば、期待する女人も出てまいりましょう。」
そうしてお茶を一口すすり、あの瞳でこちらを見てさらに一言。
「期待、させないでくださいませ。」
一瞬の沈黙。そして再び、彼女の笑い声。
「なんて、冗談です。そんなにお困りにならないでください。」
そういうと彼女はさし湯を取りに室を出て行った。
今日の彼女はひらひらと舞う蝶の様。一瞬この指に止まったかに見えたのに。
残されて、ひとりごちる。
「お前こそ、俺に、期待させるな。」
絳攸・秀麗登場のお題シリーズ
あとがき、という名の言い訳
いつもながらに、素敵なお題です。
それなのに、なんということでしょう。
一応テーマとしては、互いに片恋だと思い込んでいる二人だったのですが。
なんだか秀麗の振れ幅が大きかった。
とくに4名前を呼ばないでが難しかったです。そして悟ったのか、開き直ったのか、最後にこんなことに。
でもね、秀麗が女としてずるくなるとしたら、相手は絳攸さま以外にあり得ないと思うのです。
静蘭・楸瑛あたりは、そんなこともさせずに守るだろうし、燕青は、へー姫さんおれのためにそんなことしてくれちゃうのとか言って喜びそうだし、劉輝の前では自然体、でも絳攸相手には悪女にもなるのではないかなと。
人間はみんなずるくて汚いんだ。それでいいんだ。あ、すいません完全なる自己肯定です。
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