Peach~かわいいひと~
帰宅した夫の腕に抱えられたものを見て、十三姫は内心嘆息した。
「今日は、桃、かしら?」
「ええ、咲き初めでしたので、姫にもお見せしようと思いまして。」
花も霞むような、極上の笑顔で微笑む静蘭。
その笑みも、妻のためにと季節を告げる花をもって帰宅するその行為も、夫として完璧なもの。
濃い珊瑚色の蕾は今にも綻びそうな、絶妙な膨らみ。
昨日では早すぎて、明日なら遅すぎる。今日この日に持ち帰ったということが、彼の完璧さの片鱗を伺わせる。
雪の降る中で、梅を、もう少し暖かくなれば桜を。
彼はいつも絶妙の時期に咲き初めの花を持ち帰ってくれる。
「……、姫、お花がお気に召しませんでしたか?」
そんなことはないとわかっているくせに、平気な顔で聞いてくるそんな態度にも腹が立つ。
「お花は綺麗よ。お花に罪はないもの。」
「それではどうなさったというのです。」
「罪があるのは、貴方よ、ア・ナ・タ。」
そう言いいながら、目の前の完璧な美しい顔を歪ませたくて、頬を引っ張ってやった。
「私?何かしましたか?」
「してるわっ!」
なんでわからないのとそっぽを向く。
「覚えがないので、なんのことだか教えてください。」
素直に乞う顔も、美しいまま。それが気に食わないのに。
「…。自分で気付いてほしいの!」
つい意地を張って、そんな事を言ってしまった。
すると、夫は意外な行動に出た。
「姫、どうか私に貴女の不興の理由をお教えください。」
跪き、右手ですくい上げた十三姫の左手の指に口づけする。
まるで、姫君に求婚する異国の騎士のような。
「……、そういう所よ。何もかも完璧な旦那さまって、奥さんは結構疲れるのよ!」
そう告げると夫は立ち上がり、花を家人に預けると、十三姫を抱き上げて笑った。
「そういうことなら、私は悪くはありません。」
平然と言い放たれた言葉。
「どうしてよ。」
その手から逃れようと抵抗しながら問い返す。
「私のほうこそ大変なのですから。」
「大変?あなたが?一体何が大変だっていうのよ?」
何でもかんでもそつなく完璧に、
しかも素早くこなしてしまう夫の口から、大変などという言葉が出ようとは。
「私の奥方様は、ややじゃじゃ馬なのが難点ですが、器量も血筋も才も優しさもすべて兼ね備えた姫君なのですよ。
その様な姫君の夫の苦労がお分かりになりますか?」
「…、さぁ?わからないわ。」
そう答えてやると、珍しく夫ががっくりとする。
「そんな奥方様に見合うように、そしていつも笑顔を見せていただくために、哀れな夫は東奔西走しているのです。
季節の花をいち早く送ったりね。だから、悪いのは私ではなく、貴女です。
この私をこんなに夢中にさせた、貴女が悪いのです。」
そういわれると、一瞬反撃に詰まってしまう。
悔しいけれど、やっぱり彼には敵わない。
せめてもの反撃に、美しい頬に急に口づけてやる。
ところが。
「場所も構わず口づけをするとは。わが細君は随分と愛に飢えておいでの様子だ。」
それではたっぷり愛して差し上げましょうと極上の笑みを浮かべながら足を向ける先は、
もちろん臥室。
気づいた十三姫が抵抗しようにも、夫の腕は力強く、離れることができない。
「あなたのせいで、明日も寝不足だわ。」
十三姫の悲痛な呟きだけが、廊下にこだましていた。
あとがき、という名の言い訳
タイトルが…
梅程良いのがなくて。
辞書で調べたら、peachって可愛い子というような意味もあるそうです。
だから、お互いが可愛くて可愛くて、でも性格上「愛しているよ☆ハニー♪」「私もよ☆ダーリン♪」とは言えない二人を書いてみました。
これが李姫だと、「秀麗、愛している。」「絳攸さま…」以下略みたいになるのでしょうが。
彩/雲/国のキャラクターは総じて幸せに育った人が少ないですね。
それぞれに愛情に飢えている。
秀麗にしたって、実は薔薇姫とは早くに死に別れているわけですし。
黎深も大好きな兄上に距離を置かれてしまっているし。
そんな中でも、秀麗や、燕青、影月などは、過去に確かに愛された記憶を自身の核となる部分として持っていますよね。
ある意味では劉輝もそうかもしれない。
逆に、静蘭・絳攸あたりは、そういった記憶がないために、愛に対して臆病で、なかなか踏み込むことができない。
だけどいったん愛すると、すごく深くて、加減がわからないのではないかな、と思います。
それをかなり愉快な感じにすると黎深になるというか。
絳攸の愛情が大爆発した話は、裏に置いていますが、静蘭の場合は毎日小規模に爆発してる感じ。
イイオトコに愛されているのに十三姫も秀麗も大変なんです。
大変だからこそ、この二人にしか務まらない!
小鈴は李姫および静十を絶賛応援しています!