「仮にもお嬢様のお口に入るものですからね。
下手なものを作らせるわけにはまいりません。
私も講師をお引き受けした以上は、責任をもってお二人を鍛えさせていただきます。」
“静蘭の楽しいお菓子作り教室(初級編)”講義当日、
講師である静蘭はにこやかにそう言い放った。
ちなみに二人にはこう聞こえている、
(下手なもの作ったらただじゃおかないから分かっているだろうな)と。
楸瑛は無謀にもささやかな抵抗に打って出た。
「…、そういうことなら、私は、必要ないのでは?」
静蘭の瞳が鋭く光る。
「ほう、私としては義兄上に恥をかかせまいと思ってのことだったのですが。
その様に仰るとは残念ですね。
それとも、バレンタインデーには珠翠殿に菓子を頂けなかったのでしょうか?
それなら確かに必要ありませんね。」
立て板に水の如く告げられて反論の余地もない。それでもなんとか
「も、もらったからな。ちゃんと手作りの菓子をもらったからな。」
そう主張することだけは忘れなかった。
それにしても、見本として菓子を作る静蘭の手つきの鮮やかなこと。
かつて秀麗が風邪をひいた際にも、
料理をするその手さばきの鮮やかさに驚かされ、敗北感を味わわされたものだが、
まさか、菓子作りもできるとは。
全くこの元公子様に不得手なことはないのだろうか?
そうして、魔法のように完成させられた菓子は、売り物のように美しい。
天使からの贈り物のようだ。
そう思いながら見ていた二人に、元公子様は天使の笑顔で話しかけた。
「さぁ、今お見せした通りにお二人もどうぞ。」
「「……え?」」
文官武官の若手出世頭と呼び名も高い宮廷の花の間抜けな声が空しい二重奏を演じた。
そして、両名曰く
「右林軍の訓練よりも」
「人事異動前の吏部よりも」
厳しい鬼教官のしごきに耐え、なんとか菓子が完成した。
その菓子の美しさとは対照的に、
その顔だちの美しさでも有名なはずの王の側近二人の顔は、
常とは同じ人物とは思えぬほどにやつれていた。