そして一刻のち。
そろそろ探しに行ったほうがよいだろうかと秀麗が立ち上がりかけたころ、
絳攸が戻ってきた。
どうやら戻りはすぐそばまで家人に案内をさせたようだ。
そして、絳攸の手に持たれた盆の上。
入れられた茶は、その香りから秀麗が好むものとわかる。
そしてその傍の添えられた菓子。
秀麗は今すぐにでも絳攸に抱きつきたいのを、何とかこらえた。
彼が卓の上に完全に用意を整えるまで。
慣れない手つきで卓の上を整え終わると、絳攸は照れ臭そうに言った。
「秀麗。今日は、ホワイトデーだ。」
「はい、そういえばそうですね。」
本当はそんなこと昨日から気付いていたけれど、それは秘密にしておく。
「…、だから、これは、お前への贈り物だ。」
皿の上に載せられた美しい菓子を、自分にと言ってくれるだけでも充分嬉しいのに。
「あんまり厳しい評価にするなよ、俺が作ったんだからな。」
彼が手ずから作ってくれたものだなんて。
「絳攸さま、どうしましょう。もったいなくて食べられません。」
頬が上気するのがわかる。
「…また作ってやる。だから、今日は食べろ。」
絳攸の頬も心なしか赤くなっている。
そのまま近づいてきた絳攸は、秀麗が思いもかけない行動に出た。
秀麗の隣の椅子に座ると、自分のほうに秀麗を呼び寄せ、膝の上に座らせた。
それだけでも秀麗を赤面させるには十分だ。
だが、絳攸は皿の上の菓子を一つ手にとって、秀麗に向かって微笑み、言った。
「秀麗、口を開けて。」
「絳攸さま、自分で食べられます。」
「俺が、食べさせたいんだ。口を、あけて。」
夫の甘い囁きに、絶対に秀麗が逆らえないことを知った上での、言葉。
なんとか口を開け口に放り込まれたものを嚥下したものの、
味などサッパリ分らぬ秀麗だった。